しばらく前にここでも紹介した映画スーパーサイズ・ミーを昨日観てきた。場所は今月スタートしたばかりのCOCON烏丸3Fの京都シネマ。ファンデーだったこともあってか、客席は9割近く埋まっていた。
少女たちが肥りすぎをファストフードのせいだとしてマクドナルドを訴えたというニュースを見たのをきっかけに、監督兼主役のスパーロックが、30日間、一日三食マクドナルドで食べつづけ、体がどうなるかを確かめる実験を行い、それとともに各地に赴き、超肥満大国アメリカの食文化の実態をインタヴューや取材を通じて映し出していく。
観終わっての感想は「アメリカ、病んでるなぁ」に尽きる。それは、単に超肥満大国という健康面での病いだけの話じゃない。確かにアメリカに行くと、「成人の60%が肥満」というのがよくわかるほど、街にはデブが多い。しかもハンパなサイズじゃない。日本じゃ滅多にお目にかかることのできないブヨブヨの肉風船に手足が申し訳程度生えたような、まさに病的な超肥満体が、1ブロック歩くだけで数人はすれ違う。家族揃って――ペットの犬も含めて――みんな超デブというのもいる。映画の中でもいろんなシーンで登場しているが、あれは別に演出ではないだろう。極めてありふれたアメリカの風景なのだ。そしてその結果、糖尿病や心臓疾患、肝臓病などの病がどんどん蔓延していく。
しかしもっと病んでいると思われたのは、そこまで人々を肥らせるジャンクフード=ファストフード食品業界の現状。その深刻さは「グロテスク」としかいいようがない。
一つは、食品会社による学校給食のファストフード=ジャンクフード化の実態。これはもう犯罪ですよ、お父さん、お母さん。砂糖たっぷりの清涼飲料水とチョコバーやスナック菓子が給食のメニューに並ぶ。「野菜」はカロリーたっぷりのフライドポテト。アメリカに行くと、飲み物買おうにも、ボトルウォーター以外は超甘く、毒々しい合成着色料一色のものばかりが並んでいて、見てるだけでキモチ悪くなるが、そんなものが学校のカフェテリアをも埋め尽くしている。食品産業というより不健康産業というべきか。あまりにグロテスク。
しかし、それに輪をかけてグロテスクなのは食品業界の商魂のたくましさ。それはもう「恥知らず」なんて言葉を通り越してるかもしれない。たとえば給食納入先の学校を受け持つ企業の担当者の発言。「私たちは、子どもたちが自分で選べる力を身に付けられるよう、選択肢を増やしているのです。」――しかし、ジャンクなもの以外は売ってなさそうなカフェテリア。またワシントンの政府関係者にロビーイングする食品業界団体のスポークスマンは、自分たちも米国の肥満化を憂い、自分たちも「問題の一部」であると認め(?)つつ、こうのたまう。「解決のために一番大切なのは教育です。」――ジャンクフード以外の選択肢がないメニューを子どもたちに差し出し、「さぁ、この中から選びなさい」というのがその教育の中身だとしてもだ。しかも業界団体は、「全米の栄養士たちが認めるようにファストフードは健康に良い」とまで宣伝してるそうだ。これについてスパーロックが100人の栄養士に電話インタヴューしたところ、大多数が「ファストフードは月に1回以下」とか「できれば食べないほうがいい」という答え。また、マクドナルドは、件の肥満訴訟があったあと、ヘルシーメニューとして「マック・プレミアム・サラダ」という新商品をメニューに加えたそうだが、そのカロリーは、実はビックマックよりも多いのだそうだ。もう笑っちゃうしかない状況なんだけど、それが現実なのだからたまらない。(ちなみに映画の最後で紹介されているように、同映画の公開から数ヵ月後、マクドナルドは、「映画とは無関係」としながらも「スーパーサイズ」の販売を中止している。)
さらにグロテスクなのは、彼ら食品業界ロビーストたちの政界への圧力の大きさ。業界にとって不利な法案の成立を阻止し、有利な法案を通させるのが彼らの仕事。スパーロックの実験のきっかけともなったマクドナルド訴訟のような肥満の原因を理由に食品会社を訴えることを禁ずる「チーズバーガー法」とやらも、そんなロビーストたちの仕事の成果なのだろう。(しかし、結果的に不起訴となるにしても、訴訟自体を禁じるのって、人権侵害にならんのか?)
ちなみにエリック・シュローサーの『ファストフードと狂牛病』によれば、映画で「全米肥満ナンバーワン」と紹介されたテキサス州には、とんでもない法律があるそうだ。本を学生に貸し出し中のため法律名は思い出せないが、その法律に基づけば、全米の労災保険(?)に加入していない食品会社では、従業員は、就業中に怪我をした場合、二つの選択肢を迫られるという。一つは何もケアを受けないことで、もう一つは会社が用意する治療プログラムを適用される――ただし、その結果についても事故についても一切外部に口外したり裁判に訴えたりしないという権利放棄の誓約書にサインをした上で――こと。この法律のおかげでテキサス州の食品会社は、コスト削減のために労災保険には加入せず、会社の思い通りにできる独自プログラムを選択する。その結果、たとえプログラムの適用を受けても、「こんなのは治療しなくても大丈夫」と(会社と契約した)医者に言われて帰宅させられる重傷のけが人も少なくないという。また、中には、両手を機械でズタズタにされた従業員が、緊急救命室(ER)で手術を受ける前に、会社側の弁護士に「権利放棄誓約書」を突きつけられ、ペンを口でくわえてサインさせられたというケースまであるのだそうだ。う~ん、さすがブッシュ大統領がかつて知事をしていた州だけのことはある、あまりにエゲツない政官業癒着、人権蹂躙・貧乏人イジメの構造だ。(このあたりの精肉業界の非人道的な話は、同じくシュローサーの『ファストフードが世界を食いつくす』が詳しい。)
映画では触れられていないが、このようなファストフード=ジャンクフードの過剰消費の裏には、精肉の過剰生産やそれを支える穀物の過剰生産の構造があるのだろう。(ついでにいえば穀物の過剰生産の裏にはカーギルなど貪欲な穀物メジャーの利害がある。)生産から流通、消費、その結果の肥満や、肥満対策の薬や食品の生産・販売・消費、そしてそれらすべての場面で過剰に挑発されexploitされた「欲望」まで、すべてにわたるオーバーウェイト。そして、それを維持し拡大しつづけなければ、潰れてしまう食品産業。とくに「株式資本主義」の国アメリカでは、企業は、株主たちに高額の配当を提供しつづけるために、どんどんコストを下げながら過剰生産を続けなければ倒れてしまう。「過剰の連鎖に支えられた日常」という、ある意味、現代社会のあらゆる面につながる現代経済システムの姿がそこにはある。(ついでにいうとアメリカは、過剰生産された穀物など食品を、「輸出補助金」というシステムによって過剰に安い価格で海外にダンピング輸出していて、これが農業が主産業の途上国の経済だけでなく、日本のような国の国内農業の経営を激しく圧迫していることも忘れてはならない。まぁ、このような輸出補助金の問題はEUについてもいえるのだが。)
肥満というのは、確かに多分に自己責任の問題ではあるが、こういう政治経済構造を視野に入れると、それを自己責任の問題としてのみ扱うことは、問題の本質と真の解決から人々の目を遠ざけるある種のイカサマ――責任問題の「一人一人主義」――のように思えてならない。その点で「チーズバーガー法」――正式名称はまさに「食品消費における自己責任法」――は、そうした社会問題の個人問題への矮小化と、構造的歪みの放置を後押しするものに他ならない。
とにかく、この映画、「実験」そのものよりも、そうしたアメリカ食品産業をとりまく政治経済のとんでもなくグロテスクな姿にこそ、ゲッソリしてしまう。もう、なんだか別の宇宙から来て、人間には理解不能なロジックと倫理で生きるstrange creaturesの生態を観察してるような気分にもなってくる。
ひるがえって、日本の食品産業はどうなんだろうか、というのも気になるところ。雪印とか、近年起きてる食品業界の企業犯罪とかを見てると、日本もやばそうだけど、それでもアメリカほどではないのだろうか。アメリカと違って、ファストフード=ジャンクフード化や肥満化もそれほど進んではいないようだし(もちろん要注意ではあるだろうが)。
それともう一つ気になったこと。それは、BSEの問題。30日間マックを食いつづけて、アル中並みの肝臓になったスパーロックは、ベジタリアン料理のシェフでもある恋人の作った「解毒プログラム」のおかげで、8ヵ月後には肝臓の数値は元に戻ったという。しかしねー、その30日間に過剰に食いためた牛肉に、もしもBSE感染牛の肉が混ざってたらどうだろう?異常プリオンは、ベジタリアン料理でも解毒されないんじゃないだろうか?少しずつだとしても、たくさん食べれば蓄積効果があるかもしれないし。まぁ、もちろんリスクの大きさから言えば、肥満やそれに伴う疾病のほうが甚大だけど、運が悪けりゃ、肥満は治ってもBSEで死ぬかもしれない。
スパーロック氏の今後の仕事の成功と健康を祈ります。
関連エントリー: 《スーパーサイズ・ミー》まもなく公開
<おまけ1>
今年9月にフランス出張中、こってりしたフランス料理(といっても別に高級料理ではない)に胃腸がヘタっていた頃に読んだ英紙ガーディアンの記事。アメリカほどではないにしても、イギリスも相当にひどそう。知人の英国人の食品安全行政の専門家によれば、いまイギリスで一番問題視されている食品問題は肥満なのだそうだ。
School lunch boxes ‘are full of fat’(学校のランチボックスは脂肪でいっぱい)
Felicity Lawrence, consumer affairs correspondent
Wednesday September 1, 2004
親たちは、脂肪と塩分、砂糖がつまったランチボックスをもたせて、子どもたちを学校に送り出している。毎日家庭で用意される500万の昼食の3/4が、健康な学校食に関する政府の指針を満たしていないことが、食品基準庁(FSA)の調査で判明した。(以下略)
<おまけ2>
上でアメリカとEUの輸出補助金の問題について書いた。ときどき「日本の野菜は高い」とか、日本農業の高コスト体質を非難する人がいるが、それを言う前に考えなきゃいけないのは、輸出補助金によるダンピングによって米欧からの輸入品は不当に安くなっているという事実だ。しかもそれは、労働力が安い途上国農業を脅かすくらい安い。日本農業の場合も、とくに土地が広い北海道農業などは、これまで大規模化を進めることで、それら不当に安い輸入農産物に対抗しようとしてきたが、とても適わないのが現実。このため北海道では、大規模化・コストダウンレースはもうやめて、品質と安全性の点で大きな付加価値をもつブランド力のある農業生産にシフトする方向に政策転換しつつあるという話を、先日、北海道農政部の方から伺った。北海道が独自に進めている遺伝子組換え作物規制の話も、この政策転換のなかでの動きだったりする。
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