いつから帰還は「義務」になったのか

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いつから帰還は「義務」になったのだろうか。
そもそも何を「復興」したいのだろうか。

「ふるさとを捨てるというのは簡単だが、戻ってとにかく頑張っていくんだという気持ちをしっかり持ってもらいたい。」
 
NHKニュース「帰還困難区域 復興相”帰還しやすい環境整備を急ぐ”」(2017年3月12日 11時56分)リンク切れはこちらを-> アーカイブ

今日のNHK日曜討論での今村復興大臣の発言だそうだ。


帰りたい人ができるだけ早く帰り、生活再建できるように施策を打っていくこと。それは「帰る権利」「帰りたいと望む人がその望みを叶え幸福を追求する権利」を保障することであり、政府がやるべき大事な仕事。

けれど、「ふるさとを捨てるというのは簡単だが、戻ってとにかく頑張っていくんだという気持ちをしっかり持ってもらいたい」 とまで言うのは一線を超えていないか。「時間との勝負でもある。避難先で生活ができ、家を建てる人もいる。子どもの学校のこともある」という言い方には、避難先で生活再建し、帰らないと決めた人たちの選択が、望ましくないことであるかのような響きがある。個人や家族の復興よりも、まずは「市町村」という形の復興ありき。

もちろん、元の地域に一定以上の人が帰ってこないと、地域社会の生産・消費活動も、医療その他のサービスも、自治体の税収も不十分なままとなって、帰った人、帰りたいと願う人たちが故郷で生活再建するのが困難になる。困難であることを理由に、いつかは帰りたいと思う人でも「今はまだ」と躊躇する。そうやって困難な状況がずっと続いてしまう。

けれど、だからといって、避難先や他の新しい土地で暮らし続けたい、暮らしたいという人たちの望みや意思をないがしろにして、帰還することが義務であるかのように言うのはどうなのか。

ましてや「ふるさとを捨てるというのは簡単」なんて言ってしまうのはどういうことなのか。誰が自ら望んで、やすやすと故郷を捨てるというのか。帰りたいけど帰れない、帰らないと決めるまで、どれだけの葛藤と後悔があったのか。そうせざるを得なくしたのは、何が原因だったのか。「誰」の責任なのか。

「捨てるのは簡単」なんて言葉を一番言っちゃいけない人が言っている。

悲しいかな、「元通り」の復興が無理なこと、少なくとも数年やそこらの短い時間の中では無理なことは、当事者こそが痛感していることだろう。それだけの被害を生んでしまうのが原発事故というものなのだ。帰還のための施策も、元の地域に帰ることだけでなく、地域・自治体の広域連携や再編・統合ということも視野に入れないと、地域社会・地域経済・地域財政の復興は叶わないのではないか。あるいは、元の行政区を維持していくならば、番組中で山下祐介さんが述べているように、もっと長いスキームで考え、元の地域に通いながら順々に復興し、避難者=住民同士がつながりながら、帰れる人から順々に帰っていけるように、その間、元の自治体と避難先の自治体の両方の住民票(二重住民票)を持てるようにするなど、やっていく必要があるのではないか。

そして、それと同時に、帰らない人たちの生活再建を支援する施策も必要だろう。避難指示解除から一年で一律に打ち切っていいのかどうか。個人・家族による事情に違いに応じた対応が必要だろう。

そういうことをしないで、「元通り」にこだわった帰還策ばかり進めるのは、結局は、さっさと「原発事故の被害は終わった」と収束宣言したい、できれば2020年東京五輪までに、という政権の勝手な意図が裏にあるのではと勘ぐってしまう。

 

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