遺伝子組換えサケのリスク評価の問題点を指摘する論文

投稿者:

仕事の関係でちょうど目に付いた最新号の『サイエンス』の論文。
遺伝子組換え(GM)サケが、遺伝子組換え動物としては初の商業化認可に向けて、現在米国保健省食品医薬品管理局(FDA)で最終判断が下されようとしている。この論文は、FDAによるGMサケのリスク評価の問題点を指摘する点でも興味深いが、STS(科学技術社会論)的に見ても、きわめて面白いポイントを突いている。

“Genetically Modified Salmon and Full Impact Assessment”
Martin D. Smith, Frank Asche, Atle G. Guttormsen, and Jonathan B. Wiener
Science 19 November 2010: 1052-1053.
As the U.S. Food and Drug Administration (FDA) considers approving a genetically modified (GM) Atlantic salmon (Salmo salar), it faces fundamental questions of risk analysis and impact assessment. The GM salmon–whose genome contains an inserted growth gene from Pacific chinook salmon (Oncorhynchus tshawytscha) and a switch-on gene from ocean pout (Zoarces americanus)–would be the first transgenic animal approved for human consumption in the United States (1, 2). But the mechanism for its approval, FDA’s new animal drug application (NADA) process (2), narrowly examines only the risks of each GM salmon compared with a non-GM salmon (2, 3). This approach fails to acknowledge that the new product’s attributes may affect total production and consumption of salmon. This potentially excludes major human health and environmental impacts, both benefits and risks. Regulators need to consider the full scope of such impacts in risk analyses to avoid unintended consequences (4), yet FDA does not consider ancillary benefits and risks from salmon market expansion (2, 3), a result of what may be an overly narrow interpretation of statutes.


このGMサケ(アトランティックサーモン=大西洋サケ)を開発したのは米国マサチューセッツ州にあるAqua Bounty Technologiesという会社。サケには、キングサーモン(Pacific chinook salmon)の成長遺伝子と、ゲンゲという魚のプロモーター遺伝子というのが組み込まれていて、通常の大西洋サケより早く成長する一方で、餌量は少なくて済むのだという。(通常のアトランティックサーモンは冬に成長が止まるのに対し、キングサーモンの成長ホルモンは一年中働くため、このGMサケは2倍早く成長できるんだそうだ。)
上記の論文が指摘するのは、このGMサケについてのFDAのリスク評価の「スコープ(対象範囲)の狭さ」という問題。
ポイントは、現行のFDAのリスク評価は、サケ一匹単位(より具体的には単位重量あたり)でGMサケと非GMサケの栄養素や毒性、アレルゲンの比較を行っているだけであり、市場メカニズムを通じたサケ消費トータルで見たときの健康上の便益と環境リスクが無視されている、ということにある。
具体的には

  • GMサケは、給餌量が従来より少ないため、給餌コストと、餌の生産等による環境影響が低くなるメリットがあるとされている。
  • 他方、サケは、タンパク源として、たとえば牛肉と比べると、オメガ3脂肪酸を多く含有している点で健康上のメリットがあり、もしも給餌コストの低下によって市場価格が下がると、その分サケ消費量が増える可能性がある。(これは、より低所得層でもサケがより多く買えるということで、消費者の健康上の便益をトータルで増大させるということでもある。)
  • このため、消費量の増加度合い(市場の拡大度合い)によっては、かえって総給餌量が増え、環境影響も増大してしまう可能性がある。
  • 現行のFDAの評価は、このような市場規模での総生産量・総消費量に伴う便益とリスクを検討できるスコープになっていない。

ということから、意図せぬ帰結を避け、便益とリスク両面にわたるGMサケの総合的な健康・環境インパクトを評価するためには、市場の効果まで含めた「フル・インパクトアセスメント」が必要であり、FDAが評価のスコープを広げられるように、連邦議会がFDAへの権限付与や調査のためのリソース割り当てを行うべし、と提言している。
STS(科学技術社会論)的に見て、この論文が興味深いのは、「食品成分」の健康影響や環境影響に関する生物学的因果関係だけでなく、「食べ物」としての市場の効果という社会的因果関係まで視野に入れているところ。しかも、そのようにスコープを広げることで、狭いスコープでは「環境影響は低くなる」とされる結論が覆ってしまう可能性を示しているのが、ますます面白い。
この意味でこの論文は、STSの「教材」として参照する価値がとても大きいといえるだろう。
ちなみにGMサケに関するFDAの情報はこちら。今年9月19-21日に行われた公聴会の広報ページだが、関連する文書へのリンクがある。

U.S.FDA: Public Meetings on Genetically Engineered Atlantic Salmon

それにしてもアメリカ人、「サケをいっぱい食べればヘルシー♪」なんて考える前に、そもそも不健康にしている原因として、もっと食生活をトータルで見直したほうがいいんじゃないか?
<関連記事>

 

1つ星 (まだ評価がありません)
読み込み中...

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください