数日前のニュースだが、阪大が「コミュニケーションデザイン・センター」を来春からスタートさせることとなった。「A.臨床コミュニケーションデザイン部門」、「B.安全コミュニケーションデザイン部門」、「C.アート&フィールドデザイン部門」の3部門からなり、「市民に信頼される科学・技術者」の養成を行うとともに、「産学連携」とならぶ阪大の社会貢献のもう一つの軸である「社学連携」の窓口・拠点とすることを目的としている。
Aは医療現場や裁判外紛争解決(ADR)におけるコミュニケーション、Bは科学技術コミュニケーション、Cはアートや社会環境・コミュニティにおけるコミュニケーションをそれぞれ扱い、全学部の大学院生を対象にコミュニケーション講座を開設し、その受講を博士号取得の条件とすることになっている。学外向けにも「科学技術コミュニケーター養成講座」を実施する。
これ自体は、たいへん意欲的で面白い試みなんだが、これを報じたメディアのとらえ方に、センターの趣旨から見て、見過ごすわけには行かない問題を一つ見つけてしまった。
で、まずは、阪大のプレスリリースから。
大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの設置! 更新日:2004/12/16
「大阪大学コミュニケーションデザイン・センター」(Center for the Study of Communication-Design)が、平成17年4月、大阪モノレールの万博記念公園駅前の独立行政法人・日本万国博覧会記念機構の施設内に開設されることになりました。大阪大学は、このセンターを、「教養・デザイン力・国際性」を涵養するという大阪大学の教育目標と「市民に信頼される科学・技術者」の養成という使命を達成するための核となる機関として位置づけるとともに、「産学連携」とならぶ大阪大学の社会貢献のもう一つの軸である「社学連携」の窓口もしくは拠点としても位置づけています。
このセンターでは、専門研究者・技術者など高度専門職をめざす大学院生諸君が、広い視野と確かな社会的判断力をもって、市民の考えや不安にしっかり耳を傾け、市民と対話しながら職務をはたしうるような資質をみずから育み、鍛えるためのシステマティックな教育プログラムを組みます。市民の生活に深い影響をあたえる先端的な科学技術をめぐる市民とのコミュニケーション、医療現場・福祉現場でのコミュニケーション、安全やリスクをめぐるコミュニケーション、アートやボランティア活動を通じたコミュニケーションなどを担いうる資質の育成、さらには大学院生の現場派遣教育(サイエンスショップ事業)やフィールドワークのセンスアップなどをめざして、専任教員14名(外部から招聘した5名の新任教員を含む)が、主として全学の大学院生ならびに社会人を対象に、「科学と社会」と題した連続講義や科学技術コミュニケーター養成講座、さらには医療コミュニケーション・トレーニング、裁判外紛争解決トレーニング、ネゴシエーション・トレーニング、演劇ワークショップ、リスク・コミュニケーション・ワークショップ、(まちづくりの)シナリオ・ワークショップなど、多彩なコミュニケーション・ワークショップを開きます。また、こうしたワークショップと並行して、文系・理系の区別をとりはらったコミュニケーション科学の新しい研究領域を開発していきます。
《市民に信頼される科学・技術者の養成》という使命、《社会に開かれた大学》という理念を実行に移すべく、大阪大学はこのセンターとともに、大きな一歩を踏みだすことになります。
詳細:
〔コミュニケーションデザイン・センターの概要(DOC)〕
〔設立趣意、教育事業内容、問題領域(PDF)〕
これに対する新聞報道は、手元には、朝日新聞と京都新聞の記事しかないのだが、問題があると思ったのは、次の朝日の記事。(アート&フィールドデザイン部門には、小生の大学の先輩でもある劇作家の平田オリザさんが就任するので、見出しはそれにひっかけている。)
知識伝える技舞台に学べ オリザさん阪大教授に(朝日新聞12/17)
科学、医療、芸術などの専門知識をわかりやすい言葉で伝える人材を育てようと、大阪大は来春、「大阪大学コミュニケーションデザインセンター」を開設する。専門家の話す力、聞く力を高め、市民と共に考える場を大学に作る試み。劇作家の平田オリザさんらが教授に就任する予定だ。
・・・
大学院生向けに、科学者の倫理や対面コミュニケーションの方法などを教える講義「科学と社会」を設け、全員に受講させる。また学外の社会人も対象に、医療や科学技術の知識を易しく伝える技術を磨く集中講義「科学技術コミュニケーター養成講座」も実施する。 ・・・
これのどこが問題かというと、それは、タイトルにある「知識伝える技」も含めて、科学技術や医療など高度な専門性が関わるコミュニケーションを、もっぱら「専門家から非専門家への知識の伝達」という面でとらえているところだ(「専門知識をわかりやすい言葉で伝える人材」、「医療や科学技術の知識を易しく伝える技術を磨く」)。難しい専門知識を分りやすく伝えるというのは、確かに科学技術コミュニケーション等の重要な側面だが、一面でしかない。阪大のプレスリリースに添付されている資料を読めばわかるが、センターの趣旨は、そのような一方向的な伝達・啓蒙だけではだめで、専門家のほうからも素人・市民の考えていること、感じていることに耳を傾け、理解するという、相互理解・対話・共考のできる人材を育てることが大事だということにある。いいかえると、素人の側の「科学技術リテラシー」の向上とともに、あるいはそれ以上に、専門家の側の「社会リテラシー」を育てるのが目的なのだ。
朝日の記事は、最初の段落で「専門家の話す力、聞く力を高め、市民と共に考える場を大学に作る試み」としつつも、見出しと後半が的を外している。最後のところで、「環境汚染や遺伝子治療などの研究は市民の安全に深くかかわる問題だが、専門性が高いため対話が遅れていると感じる。専門家と市民とを結ぶ場にしたい」という鷲田清一副学長の言葉を紹介しているが、その意図をつかみとれていないのだ。以前に、同じく朝日が報じた「国が育てる『サイエンスライター』文科省部会が提言」という記事についてエントリー「サイエンスコミュニケーションをめぐるビミョーな状況」で小生が書いたことや、そこで引用した武田徹さんの危惧が、そのまま今回の記事にも当てはまるように思う。
他方、京都新聞の記事のほうは、センター設立の意図を的確につかんだものになっている。
博士号取得条件に対話能力 大阪大、講座を新設 (京都新聞12/16)
大阪大は16日、研究者が一般社会と対話する能力を高めるため、全学部の大学院生を対象にコミュニケーション講座を開設、博士号取得には同講座受講を条件とすることを決めたと発表した。講座開設の場として「コミュニケーションデザイン・センター」を2005年4月、万博記念公園(大阪府吹田市)内の建物に設ける。
専門領域に閉じこもりがちな研究者を、社会に開かれた人材に養成するのが狙い。講座では科学の倫理や合意形成、対話の方法などをテーマにさまざまな分野の人が講義する。早い研究科は05年度から、受講を博士号取得の条件とする。
医師が患者と対話する能力の教育や、科学技術政策について住民との間で意見交換を仲介する専門家の育成も目指すという。 ・・・
これまで、科学技術や医療に関するコミュニケーションは、まさに「難しいことをいかに分りやすく伝え、理解してもらうか」ばかりを追いかけてきた。阪大のセンターの第一の課題は、この偏見を打ち砕くことにあるといえるだろう。センターでは社会人向けの講座も開設するから、朝日の記事書いた記者にはぜひ参加してもらいたいな(笑)。
ちなみに、私も同センターには来年度から、とりあえずは非常勤で関わります。これまで、あちこちで講演したり書いたりしてプロモーションしてきたサイエンスショップや、サイエンス・カフェ(Cafe Scientifique)などを実施していくことになります。
サイエンスショップとサイエンス・カフェについては、以下をどうぞ。
- サイエンスショップの講演記録
- Cafe Scientifique
- 文部科学省平成15年度『科学技術の振興に関する年次報告(平成16年版科学技術白書)』(白書データベース)の第1部第3章第2節「科学者等の社会的役割」(PDF1MB)の4ページ。
- 産業技術総合研究所・技術と社会研究センターの調査報告書『科学と社会の楽しい関係: Cafe Scientifique』(PDF542KB)。
この春、神戸松蔭女子学園短期大学の生活造形学科をりターやーいたしました。ファッションイメージ論を教えており、コミュニケーションを色彩と線(デザイン)で考えようという講座です。20数年前にアメリカの大学で勉強した時にはショックでした。これを日本でという思いが強く10年前に実現いたしました。英語でのコミュニケーション下手だった私はこれこそ世界に通用する言葉であり気くばりではないかと感じました。私はそれを”彩(いろ)くばり”と呼んでおります。言葉以上にコミュニケーションのツールとしてスゴイ力の持つ”カラー&ライン”をベースにして学生に教えておりました。昨日NHKラジオを聞いておりまして大阪大学の哲学の先生(お名前が聞き落としました)が新しい学部が新設されたたことを知り余りにも私講座と似ていて驚きました。
大阪大学のコミュニケーション・デザイン・センターと共同研究を始めることになりました。
大阪大学のコミュニケーション・デザイン・センターと
共同研究を始めることになりました。
このセンターはsaurkrautさんご紹介のように
難しい専門知識を分りやすく伝えるという一方向的なコミュニケーションだけでなく、
専門家と市民が相互に理解、対話、共考できる関キ…
山田様、お返事が大変遅くなり、失礼致しました。
阪大のセンターは、アートデザインやランドスケープ、芝居など舞台アート、それから科学技術の専門家と市民、NGO/NPOのコミュニケーションなど、多様なコミュニケーションを、互いに結びつけながら良いものにしていこうと試みています。私はながらく科学技術コミュニケーションという、どちらかというと言葉がメインのものに関わってきましたが、センターの同僚たちから、色やライン、ランドスケープなど、美的なものからみたコミュニケーションの奥深さを知るにつれ、自分の分野にとってもいろいろな可能性が見えてきて、ワクワクしております。
センターでは、阪大の学生に向けての講座だけでなく、学外向けの講座や、市民、NGO/NPO、行政、企業などとの連携の輪も広げていくつもりですので、いずれどこかで接点が生まれるかもしれません。その折には、よろしくお願いいたします。
ちなみにラジオで話されていたのは鷲田精一副学長かもしれません。
『バルカン動物園』(平田オリザ:桜美林最後の公演?!) → 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター
本日、桜美林大学PFCにてOPAP公演『バルカン動物園』(作・演出:平田オリザ)を観てきました。同時多発会話劇としてのすごさもともかく、科学・生命倫理・哲学的含蓄の深さがいいですね。オリザさん(総文学生風の呼び方)の次の動きとの連関を強く感じさせます。 、…