まだまだ道は遙かなり

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昨日の『科学技術白書』についてのエントリーでは、「思えば遠くへ来たもんだ」なんて書いたけど、現に粉割れている科学技術政策の各論には、ずいぶんとひどいものがいっぱいある。研究者の鼻息が荒く、大きなお金も動く分野はとくにそうだ。小生はフォローしていないけど、ヒトES細胞とかヒト・クローン胚――だいたい「人」を「ヒト」と書くところが、議論を脱政治化・脱文脈化するレトリックなんだよな――とか、生物医学系なんかは実に旧態依然としたキナ臭さが漂っている。
そうした実態を知るのに最適のサイトを二つ。お二人とも、内閣府総合科学技術会議の生命倫理専門調査会など、先端生物医学の審議会を鋭くウォッチし続けています。

科学ジャーナリスト・粥川準二さんの「みずもり亭日誌」
作家・最相葉月さんの「受精卵は人か否か」 “Life Science Information Net”「なんでやねん日記」

そういえば武田徹さんの日記に、次のような「ジャーナリストのリアリティとしての隔靴掻痒感」について書かれていた。そういう感覚は、小生のような研究者のリアリティでもあるし、またそうでなければならないものでもある。

言論を通じて社会を変えようとしても、所詮は間接的な作業に過ぎない。権力を斬りつけるのにペンは剣よりも具体的な力を持っていない。結果として自分の力になさに身を焦がすような悔しさを覚え、激しい嫌悪感に苛まれることも多い。いい仕事をしようとすればするほど、社会を少しでも自分のよかれと信じる方向に変えてゆこうと考えれば考えるほど、そんなもどかしさ、隔靴掻痒感にさいなまれる。

(追記)


最相さんの5月19日の日記「匿名の学生たちへ」に次のようなことが書かれていた。ウチの学生でも、こういうのいるかもしれない。ゼミで厳重に注意しておこう。

GoogleかYahooで検索するように、「質問の小部屋」に質問を送ってくる匿名の学生たちへ。
LNET開設から約2年半、これまではできる限り、どんな質問にも答えてきました。多忙な専門家の先生方にお願いして、それが無理なときは私ができる限り調べ、取材してお答えしてきました。先生方もそうだと思いますが、私自身も、答えを考えることが自分のためでもあると思っていたからです。質問によっては、回答を書くのに半日以上かかることもありました。
でも、もう、それは今日限りでやめることにします。
あなたがたをこれ以上、あまやかしてはいけないと思ったからです。
「ゼミで発表しなければならないから教えてください」「レポートを書かないといけなくなったので教えてください」「インターネットで調べてもわからなかったので、質問してみました」「夏休みの宿題なのですが」……等々。
サイト内の文書を調べないどころか、「質問をする前に」の但し書きさえ読まず、こんなふうに人に質問してもいいと思っている学生たちよ。今後、このような質問には一切回答しません。先生方にも転送しません。回答できない旨の返事もしません。
理由は自分の頭で考えてください。

ちなみに小生の義姉が以前、旧・宇宙研で秘書をしていたときの話。某大新聞の科学部の記者から問い合わせの電話があったそうだが、驚くべきはその質問内容。「地球から太陽までの距離を教えて下さい」。義姉がなんと応対したかは、憶えてないが、まぁ、普通絶句しちゃうね、こんなの来たら。腹の虫の居所が悪かったりしたら、「ここは子供電話相談室ではありません」とか言ってしまいそうだ。あるいはもう少し品良く(?)「科学部であれば、理科年表や天文年鑑くらいおありでしょう?」とでも、親切に言ってやるかだろう。科学部記者のくせにそんなことも知らんのかということには目をつぶるとしても、人様に電話する前に、まず自分で何を見たらいいかくらい見当つけてみろよといいたい。たぶん、その記者クンは、調べ方が分からない以前に、自分で資料・文献を当たって調べるという習慣自体が欠損しており、そういう方向に頭が回る前に、電話のダイヤルを回しちゃう(プッシュホンか?)イージーな御仁だったのだろう。
そしてそれから10数年たったいまは電話の代わりにインターネットの時代。確かにインターネットは便利だが、その便利さに毒される前にまず、苦労して文献・資料をあさるという習慣を学生には植え付けないといけない。そうでなければ、ネットだって使いこなせず、結局、最相さんのところにやってくる無神経な輩が増えてしまう。大学でしっかりしごかねば。

 

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