本日は天気快晴なり、ということで、念願の大文字山ハイキングに行ってきた。
午後1時過ぎ、まずは食料を調達すべく錦市場の中央米穀へ。そこでおにぎりを6つ買って、京都市役所前まで歩く。そこから東西線に乗って蹴上で下車。こちらの案内を参考に、行楽日和で観光客あふれる南禅寺から山に入った。
山が大好きなハンナがビュンビュン飛ばすので、とたんに息が切れてきて、登り始めは「頂上までたどり着けないかも・・」と弱気にもなったが、呼吸を整えつつ徐々にペースをつかんで、なんとか登りきった。頂上に着く手前20分くらいは、何度も緩やかにアップダウンがあって、いったいいくつ繰り返せば頂上に着くのかとうんざりしそうになったが、蹴上駅から約90分で到着。途中何箇所か見晴らしのいいところがあって、洛中や山科の街並みが見えた。
ちなみに以前、まだ山科に住んでいた頃、街の北方にある毘沙門堂から南禅寺まで山越えしたことがあるが、ハンナの馬力にひっばられて、そのときは、標準所要時間110分くらいのところを70分で踏破してしまった。あれから数年、ハンナも6歳になって多少衰えたのか、落ち着きのある大人になったのか、あるいは人間が衰えただけなのか、今回はほぼ標準どおりの時間だった。ちなみに途中の樹々はまだ紅葉してない。
頂上には、大学生くらいの若いカップルのほか、毎日このあたりをハイキングしているという60代くらいのおじさんがいて、それからやや遅れて、熟年のご夫婦がやってきた。
頂上からの風景は、右手に洛中、左手に山科と、そのずっと遠くまで開けているのだが、春のような天気の今日はかなり霞がかっていて、遠くのほうは白い光の中に消えていた。その大文字山プロのおじさんが熟年夫婦に語っているのが聞こえてきたところによると、この時期、こういう見映えは珍しく、普段なら南は生駒山、南西側は、近いところでは大山崎のサントリーの工場とか、遠いところでは大阪の梅田や難波のピル群まで見えるんだそうだ。その点、ちょっと残念だったが、登りきった達成感を味わいつつ、買ってきたおにぎりを食べた。
そのあとは、大文字山の山麓に広がる五山の送り火のひとつ、右大文字に移動。こちら側の道はけっこう下りがきつい。休憩のおかげですっかり体力が回復したハンナが縦に横に飛ばしまくるので、しっかりリードをもってコントロールしないと転げそうになる。右の写真は、(おそらく)「大」の字のてっぺんの火床のブロックとそこから見える北北西方向の景色。山頂から降りてくると、突然樹々がパッと開けたところにある。景色の写真は、霞と逆光(それとカメラの解像度)のせいでイマイチきれいじゃないが、下鴨神社の糺の森(ただすのもり)や北山なども見える。この画面より右には、手前に吉田神社の吉田山、その向こうには京都御所も見えた。(きれいな写真はこちらで。)
大文字から下りは、大の字の右払いに沿った石段になっていた(一番上の写真はその途中の様子)。これが段差の小さい歩幅の短い石段で、一山超えてきたひざにはストレスがかかる。途中からひざが笑いだしてよろけそうになった。その後再び樹木の茂った山道もかなり勾配がきつい。麓からの距離は南禅寺から短めでも、こちらのコースから登るのはかなりきついかもしれない。ハンナは上機嫌でビュンビュン降りていくため、余計にひざがガクガクしてきた。日ごろの運動不足を実感する。ちなみにウチの親父は山好きで、70を過ぎた今も毎年春から夏にかけてはどこかに登っている。一昨年はひざのじん帯を切ったりもしたのだが、翌年はすっかり回復して、2000m級の山にも行っていた。
山を降りるとそこはもう銀閣寺。南禅寺の側もそうだけど、静寂の山から抜けるとたんに恥ずかしいくらいの「観光地」になってしまう。そこから今出川通り沿いに哲学の道を抜けて、百万遍方向に向かい、バスで帰ろうかと思ったが、結局タクシーを拾った。
帰宅後は、往きに見かけた柳馬場の和漢同菜・菜根譚へ。店舗は築100年の町家を改造したもの。炉が向切の「茶室」の席で、野菜料理を中心に6品をいただいた。
ちなみに昨日はどこかの大学で入試があったのか、お隣の席は受験生と思しき男の子と母親の二人づれ。帰りがけの道でも二組ほど制服を着た女子高生と母親を見かけた。いまどきは珍しくないんだろうけど、大学受験にまで親がついてくるってどうよ?と思ってしまった。