米国牛肉の調査報告―へたり牛は骨折?

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ただいま学期末レポートの採点に追われて、ちゃんとフォローするヒマがありませんが、いちおうメモ。
先月、脊柱が残った肉が発見され、再び輸入停止になった米国牛肉の問題で米国農務省(USDA)は、17日、調査報告書を発表し、日本政府に提出した。要は、この事件はあくまで例外であり、いろいろ再発防止策も立てたから、お前ら早く輸入再開しろよ、ゴルァ!(逆ギレ)というものらしい。本体およびその日本語版要約と関連文書がこれ。


また朝日新聞がまとめた米政府の主な再発防止策の要点はこちら。

  1. 牛肉輸出証明書に農務省食品安全検査局(FSIS)の2人の担当官の署名義務づけ
  2. 農務省による抜き打ち検査
  3. 輸出プログラムを定めたすべての相手国の安全基準の再確認
  4. FSISの検査官の再訓練と、訓練を無事終了したことを示す署名付き終了証明書を得ることの義務づけ
  5. 輸出プログラムに参加しているすべての施設による会議を行い、こうした施設が確実に基準を達成していることの確認

「2人の担当官が署名」とか言ってるけど、今回の背骨つき牛肉も、二人の検査官が確認したんじゃなかったっけ?何号か前のニューズウィークには、アメリカでは検査官のお仕事は、問題を発見し、食肉処理や出荷をコントロールすることではなく、スムーズに作業が進むように、何があろうとも書類にサインをすることだと書かれていたぞ?ある検査官は、問題を指摘して工場のラインを止めようとしたら、そこの会社がUSDAに連絡し、USDAから検査官に「即刻、サインするように」と電話が入ったり、それをも拒んだ検査官が停職処分になったりという例もあるらしい。それが「例外」なのか氷山の一角なのかは知らんが、安易に信用しちゃならんのは間違いない。
それと今回の報告書に加えて、今月2日にUSDA監査局(OIG)が発表したUSDAの狂牛病(BSE)対策に関する監査結果BSE Audit Report – Phase II and Phase III (PDF)が指摘していた、歩行困難な牛(へたり牛)29頭が食肉用に処理されていた問題についても「調査報告」が提出されたらしいが、その結論が笑ってしまう。

米農務省「歩行困難な牛はけが」 監査局報告で見解 (asahi.com 2006年02月18日19時55分)
 ジョハンズ米農務長官は17日の記者会見で、米農務省監査局の報告で指摘されていた、歩行困難な牛29頭が食肉用に処理されていた問題について、「これらの牛はいったん検査をパスした後、床で滑って転ぶなどして骨折した」と述べ、食品安全上の問題はないという認識を示した。
 正常に歩けない状態は牛海綿状脳症(BSE)感染の兆候とされ、米国でも食用にすることは禁止されている。監査局の報告では「29頭のうち20頭は歩けなくなった理由が記録されていない」と指摘していた。ジョハンズ長官は「(原因を記録していなかった)書類処理上の問題」とした。

上でリンクしたTRANSCRIPT: Agriculture Secretary Mike Johanns Tele-News Conference To Discuss Results Of The USDA Investigation Of Ineligible Shipment To Japanでジョハンズ農務長官はこんなことを言ってる。

In terms of the downer animals, in a two-year period of time we will process — well, we process about 30 million animals a year, so that would have been about 60 million animals if it’s over two years. And I think there were 20-some animals, yeah 29 animals where there was some confusion about what does “downer” animal mean. (「へたり牛」とは何かについて混乱があったのだ)
The situation here that we offer to Japan is that as animals are processed they are inspected at a given point. These animals passed inspection. Once through inspection they fell on a slippery floor or something, broke a leg. So it raised the question of documentation. Should this animal enter the food supply or not enter the food supply? What’s the definition of “downer?” (それらの動物は一旦、検査にパスして、滑りやすい床で滑ったか何かして足を折ってしまったのだ。その結果、書類処理上の問題が生じた。この動物を食料供給に入れるべきかどうか。「へたり」の定義とは何なのか?)

これとまったく同じ説明(言い訳?)は、すでに2月11日にもされていて、2ちゃんねるのスレでも、「もっとうまい言い訳考えろよ」とか「これがアメリカンジョークですか?」と散々嗤われてたけど、今回の報告結果が出る6日も前に同じ説明がされてるということだけでも、これが、とってつけた言い訳に過ぎない可能性が高いといえるだろう。
ちなみにOIGの監査報告書では、この件について次のように書かれている(Page 67: 太字強調は筆者)。

Finding 9  Inconsistent Application of Procedures for Slaughter of Nonambulatory Cattle (Downers)[知見9 歩行困難(へたり)牛のと殺手続きの一貫性の欠如]
FSIS issued a policy that allows cattle that become nonambulatory due to an acute injury after it passes ante mortem policy to proceed to slaughter. This policy is inconsistent with both published regulations and public policy announcements, and is not consistently interpreted and applied by FSIS inspectors. At 2 of the 12 slaughter establishments reviewed, plant records/auditor observations found that for the period June 17, 2004, to April 12, 2005, 29 nonambulatory animals were slaughtered; 20 of them were identified as downers with no documentation of any acute injury. FSIS officials do not believe its policy is contrary to published regulations prohibiting downers from entering the food supply because, in the opinion of the professional VMOs, these animals were healthy and suitable for slaughter after they passed ante mortem inspection. We could find no records, other than the plant daily disposition records, documenting the condition of the animals. Stated public policy must be clear and transparent.
     The policy stated in the preamble to 9 CFR 309.2(b)104 states that FSIS has excluded all nonambulatory disabled cattle from the human food supply, regardless of the reason for their nonambulatory status or the time at which they became nonambulatory (emphasis added).

これのポイントは大きく分けて2つある。
第一は、FSIS(食品安全検査局)は、生前検査の後に急なケガで歩行困難になった牛はと殺してもよいとしているが、これは公表されている規則や政策声明と矛盾しており、また、FSISの検査官によるその解釈と適用も首尾一貫していないという事実である。つまり、「骨折しただけだから出荷してもOK」というのは、規則上許されないのである。しかも、上記の第2パラグラフ1行目で参照されてるFSISの規則文書Prohibition of the Use of Specified Risk Materials for Human Food and Requirements for the Disposition of Non-Ambulatory Disabled Cattleの1870頁によれば、FSISは、歩行困難になった原因が何であれ、すべて食糧供給から排除しているとある。29頭が食肉用にと殺されてしまった事実は、これがウソであることを示している。またこの規則文書には、へたり牛の定義について、FSISが「一般に『へたり』と呼ばれる動物(animals commonly termed “downers”)」というあいまいな表現をやめて、「歩行困難になった家禽類(nonambulatry disabled livestock)」に改めたことを指摘している。FSISの検査官は、当然これを知らねばならず、知っていれば、ジョハンズ長官が言うような「へたり牛とは何かで混乱してしまった」なんてことは起こりえない。
もう一つ大事なポイントは、食肉処理された29頭のうち20頭は、急な怪我によって歩行困難になったということを裏付ける書類は何もないという事実である。また、FSISは、それらの牛は生前検査を受けて健康でと殺に適するものだったという専門の獣医官の意見に基づいて、歩行困難牛をと殺したことは公式規則と矛盾しないと言っていたそうなのだが、牛は健康だったということを裏付ける記録も見つからなかったという。
ここで重要なのは、ジョハンズ長官=USDAはいったいどんな証拠に基づいて「歩行困難牛は骨折が原因」ということを結論できたのかだ。監査を専門とするOIGに見つけられなかった記録が、今頃になって急に出てきたのだろうか?しかもその「結論」は、調査報告が公表される約1週間前に「先取り」されている。この報告本体が見当たらないので、確かめようがないのだが、やはり、苦し紛れの言い訳としか思えない。
いずれにしても、アメリカの管理体制の現場は、かなりいい加減であることはよくわかる話である。
ま、この件でアメリカの政治システムの美点が見出されるとすれば、OIGの監査がちゃんと機能しているということだろうか。ちゃんと他律規制のチェック・アンド・バランスが機能していること、監査という事後規制がしっかりしているということ、これらはいずれも、米国流「規制緩和」によって事前規制を緩くするだけで、事後規制はおろそかな日本とは大違いの善きアメリカ文化である。
<追記>
以下の記事が伝えてる「骨付き肉は日本の業者の発注品」って話、読売、朝日、毎日など大新聞は、あたかも今回の報告書で初めて分かったかのように報じてるけど、1月20日に禁輸になった時点ですでにNew York Timesなどは伝えてたし、日本食糧新聞は、それが日本シイベルヘグナー社であると報じていた(参考エントリー:脊柱入り肉は日本の業者の注文品?)。笹山登生さんの掲示板でも当初からいろいろ論じられていたし、何を今更、というニュースだなぁ。

背骨付き牛肉、日本の業者が発注ミラー
【ワシントン=広瀬英治】日本に輸出された米国産牛肉にBSE(牛海綿状脳症)対策で除去が義務付けられている脊柱(せきちゅう=背骨)が混入した問題で、この牛肉は日本の輸入業者が背骨付き肉を日米合意違反と知らずに米業者に発注したものだったことが、米農務省が17日発表した報告書で明らかになった。
 米国側だけでなく日本でも関連業界に米国産牛肉の輸入条件が徹底されていなかったことになり、日本政府に対し、国内の環境整備が不十分なまま輸入再開を急ぎ過ぎたのではないかとの批判が高まるのは必至だ。
 報告書によると、この牛肉を発注したのは外資系商社の日本シイベルヘグナー(本社・東京都港区)。同社は昨年12月27日、米ニューヨーク州の食肉業者「アトランティック・ビール・アンド・ラム」に対し、子牛の骨、背骨付き肉、舌などの雑肉を含む40箱以上の牛肉を発注した。
 日本シイベルヘグナーは、アトランティック社の日本向け出荷当日の1月18日、電子メールで「こちらで検討した結果、通関時の混乱を避けるため、骨1箱の輸入は取りやめる」と通知した。
 しかし、日米合意に反した背骨付き肉と、アトランティック社が対日輸出許可を持っていなかった雑肉については、こうした輸入条件違反に気付かず、そのまま出荷させた。
 この結果、アトランティック社は背骨付き肉3箱(45キロ・グラム)、雑肉20箱(96キロ・グラム)を含む合計41箱(392キロ・グラム)を出荷し、成田空港で違反が見つかった。(読売新聞) – 2月19日3時11分更新

 

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4件のコメント

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