やっぱり言ったよ―「脊柱入りでも安全です」

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前のエントリーの最後で、アメリカ政府が「『アメリカ産牛肉は特定危険部位がついてても安全だ』とか言ったりして」と書いたのだけど、やっぱり言ってます。さきほど公表されたばかりの米農務省(USDA)のジョハンズ長官の声明“STATEMENT BY AGRICULTURE SECRETARY MIKE JOHANNS REGARDING U.S. BEEF EXPORTS TO JAPAN (Release No. 0019.06)”
原文は、このエントリーの最後に貼り付けることにして、訳してみます(太字強調は筆者)。

日本向け米国牛肉輸出に関するマイク・ジョハンス農務長官の声明
2006年1月20日
 
 私たちはこの問題を非常に深刻に考えています。徹底的な調査を実施中です。米国の規制の下では、日本に輸出された背骨あるいは脊柱は特定危険部位ではありません。なぜなら30ヶ月以下の牛のものだからです。しかしながら日本との合意は、脊柱を含まない牛肉を輸出することであり、この条件を私たちは満たすことに失敗しました。
 この製品を輸出した食肉処理施設はリストから除外され、日本に牛肉を輸出することはもうありません。私たちは、問題の製品の検査を行い、日本向けに輸出を許可した農務省食品安全・検査サービス(FSIS)の職員に対し、適切な人事上の対応をするつもりです。
 日本の検査官と一緒に、現在承認を待っているすべての積荷を再検査し、日本との輸出合意の要件が満たされるようにするために、USDAの検査官チームを派遣します。
 さらに他のUSDA検査官たちを、牛肉輸入を許可されているすべての施設に送り、作業手順を再検討し、輸出プログラムが遵守されるよう保証することを指示しました。そのために、すべての輸出向け牛肉の積荷に対し、2人のUSDA検査官が検査するよう求めています。また輸出を許可されているすべての施設に対し、抜き打ち査察をするようにも命じました。
 私たちは、日本の担当者とコミュニケーションをとっており、私たちがこの問題をとても深刻に考え、迅速かつ堅実に行動していることを確信してもらえるよう、この対話を続けていくつもりです。
 米国におけるこれらの追加的な査察は、輸出を許可されているすべての処理施設と、米国からのすべての輸出用牛肉に適用されるものです。

「米国の規制の下では、日本に輸出された背骨あるいは脊柱は特定危険部位ではありません。なぜなら30ヶ月以下の牛のものだからです」と言ってるのは、米国では危険部位のうち、中枢神経組織(頭蓋、脳、三叉神経節、眼、脊柱、背根神経節)については30ヵ月以上の牛のものに限定しているからだ(腸は全月齢)。
これに対して日本は、すべての月齢の牛の頭部、脊髄、脊柱、回腸遠位部が対象になっている。EU(欧州連合)も、日本ほどではないものの、12ヶ月以上の牛の頭部、脊髄、脊柱、腸全体が対象になっている。これと比べても米国の基準はとっても甘い。(ついでにいえば、日本とEUは除去した部位は焼却処分することになってるが、米国は除去するだけ。なので、それが鳥や豚の肉骨粉の材料に混ざり、さらにそれが、鳥や豚を原料にした牛用の肉骨粉にも混ざったりする「交差汚染」が懸念されている。つーか、異常プリオンはそう簡単には不活性化しないのだから、牛の危険部位入りの肉骨粉を食べた鳥・豚を、これまた肉骨粉にして牛に食わせてたら、飼料規制の意味がないじゃないのか?なお、こちらの「異常プリオンは排泄される、との研究者の見解について」によれば、鳥・豚の体内には異常プリオンは蓄積されず排出されるとあるから、鳥・豚の肉骨粉は大丈夫なのかもしれないが、アメリカでは鶏糞も牛のエサにしてるそうだから、やはり異常プリオンが牛に入るルートがある。)
このような特定危険部位の定義の違いについては、2004年7月22日に発表された日米の「BSE に関する専門家及び実務担当者会合(WG)報告書」(PDF80KB)でも触れられている。それによると、日米は、「日米両国におけるSRM の決定の科学的根拠は、英国での感染性に関する研究である」ということと、「国際的なガイドラインに基づき、SRM の対象部位及び月齢は当該国のBSE 発生リスクに基づき決定される」ということについては見解が一致したが、以下のような違いがあったという。

  • 英国の感染性に関する研究データについて、日本は、検査された個体数が比較
    的少なく、十分なデータではないため、SRM の除去対象月齢は全月齢とすべきであると述べた。米国は、米国でのBSE 発生リスクは低いため、国際的なガイドラインに基づきSRMの除去は30 ヶ月齢以上の牛のみを対象とすべきとした。

  • 日本及び米国においてSRM は食品の供給行程から排除されている。日本はすべての動物用飼料へのSRM の使用を排除している一方、米国は反すう動物用飼料への使用を排除している。
  • 米国は、英国における感染実験結果及び症状牛の月齢分布に関する研究所データにより、米国のような発生頻度の低い国におけるSRM の除去は30 ヶ月齢が適当であるとした。

このように、同じデータ、同じ原則に基づきながらも米国が日本とは違って、30ヶ月以上に限定するのは、中枢神経組織が感染性をもち始めるのは潜伏期末期であり、英国での発症例でも、30ヶ月以前で感染性が見られたのは全体の0.01%にすぎないという事実を根拠にしているという(参考:農業情報研究所「米国のBSE(第七報):監視・検査の強化、特定危険部位除去の問題点」)。これに対し日本側は、データの不確実性を考慮して、全頭(つまり全月齢)を対象にしている。
そして、この科学的知見の不確実性については、EUも慎重な態度をとっている。上で参照した農業情報研究所の北林寿信さんの記事によれば、EU科学運営委員会(SSC)の意見UPDATE OF THE OPINION ON TSE INFECTIVITY DISTRIBUTION IN RUMINANT TISSUES (反芻動物組織における伝達性海綿状脳症の感染性の分布に関する最新意見:2002年11月)(PDF670KB)によれば、「自然状態(農場で飼育されている状態)でBSEに感染した牛の中枢神経組織が感染性を持ち始める時期は不確定であるが、通常のマウス生物検定法により最低で発症3ヵ月前、平均60ヵ月(5年)の潜伏期間の牛では、理論的には30ヵ月前から感染性を持ち始めるとするのは『アンリーゾナブル』[=不合理:引用者註]には見えない」。そして、「牛からマウスへのBSE伝達にかかわる種の壁は牛から牛の場合に比べて500倍ほどだが、牛から人間への壁の高さは分かっておらず、牛の中枢神経組織に発見可能な感染性が現われ、それによって人間が感染するリスクの計算をすることは不可能」という(原文ではp.34-35)。(他にも次を参照:農業情報研究所「フランス食品衛生安全庁、特定危険部位指定脊柱の牛月齢引き上げを拒否」
こういう点を考えると、「30ヶ月未満なら脊柱は危険じゃない」という米国の言い分は、不確実性を軽視した甘い見方だといえるだろう。さらにいえば、その肝心の月齢を米国は「肉質」を見て判断するだけであり、それ自体かなり怪しい。確率はだいぶ低いだろうが、30ヶ月以上のものが「20ヶ月未満」のものとして輸入されてくる恐れはある。そもそも脊柱すら除けないようでは、他の危険部位の除去や、月齢確認すらまともにやってるのかさえ怪しい。
ジョハンス農務長官は、処理施設の査察をやるなんていってるけど、こうなってくると、少なくとも日本側から抜き打ち査察をやらないと、疑いは消えないだろう。いや、そもそも日本の査察にしても信用ならんかもしれない。こうなったら、いっそ、全処理施設にインターネットカメラを多数仕掛けて、常時世界に流して公衆の目が行き届くところに置き、日本以外の第三国の機関にも監視しててもらうくらいしてもらわないと、いけないんじゃないだろうか。(そういえば昨晩のテレビニュースで流れてた処理現場の映像で、BSE対策上禁じられてるはずの「背割り」(解体の際に背骨を真っ二つに割くこと)をしたような肉のブロックが見えたんですけど。。素人だからよくわかんないけど、あれはいったい何だったんだろう??)
そういえば、来週は、米国のロバート・ゼーリック国務副長官が来日するそうだ。きっと今回の件で「脊柱は安全だ。早く輸入再開するように」とかいってくるだろう。そのときのために、ぜひ今回の牛肉は保存しておいて、骨付きのままゼーリックさんの晩餐に出してあげるといいのに。


以下は、上記のマイク・ジョハンス農務長官の声明の原文です。
Release No. 0019.06
Contact: Ed Loyd (202) 720-4623
STATEMENT BY AGRICULTURE SECRETARY MIKE JOHANNS REGARDING U.S. BEEF EXPORTS TO JAPAN
January 20, 2006
“We take this matter very seriously. We are conducting a thorough investigation. Under U.S. regulations, the backbone, or vertebral column, that was exported to Japan is not a specified risk material because it was in beef under 30 months. However, our agreement with Japan is to export beef with no vertebral column and we have failed to meet the terms of that agreement.
“The processing plant that exported this product has been de-listed and therefore can no longer export beef to Japan. We will take the appropriate personnel action against the USDA Food Safety and Inspection Service employee who conducted the inspection of the product in question and approved it to be shipped to Japan.
“I am dispatching a team of USDA inspectors to Japan to work with Japanese inspectors to reexamine every shipment currently awaiting approval, to confirm compliance with the requirements of our export agreement with Japan.
“I have directed that additional USDA inspectors be sent to every plant that is approved to export beef to review procedures and ensure compliance with our export agreements and I am requiring that two USDA inspectors review every shipment of U.S. beef for export to confirm that compliance. I have also ordered unannounced inspections at every plant approved for beef export.
“We are in communication with Japanese officials and we will continue that dialogue to assure them that we take this matter very seriously and we are acting swiftly and firmly.
“These additional inspection requirements in the U.S. will be applied to all processing plants approved for beef export and all beef shipments designated for export from the U.S.”
Last Modified: 01/20/2006

 

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2件のコメント

  1. こんばんは、昨夜に引き続き覗かせていただきました。しかし、ジョハンス農務長官はつくづくすさまじい人間ですね。責任を取ることもなくひたすら言い逃れの手を打ち続けていますよね?元々彼は『アメリカの牛肉は安全です、だって私が食べてますから。』とほざいていましたが(失礼しました…)、彼が食べるようなお肉はもっと高級な、安全性の高いものでしょ!!って話で、 ムカついていたのですが…。今回は自分たちの不備を詫びるのではなく、結局言い逃れですもん(>_<)普通に考えて彼の責任問題になると私は思っていますが、いかがなんでしょうか?

  2. お返事遅くなってすみません。
    アメリカのエライ人たちはやっぱり、オーガニック・ビーフなど高いけど安全な肉を食べて、安くて何が入ってるかわかんないようなのは、庶民、あるいはもっと貧しい層の人たちが食べてるんでしょうね。
    アメリカ政府は、今のところ(いつもよりは)低姿勢ですが、あちこちに「逆ギレ」的な反応が見え隠れしてます。しばらくたつと、またいきり立ってくるんでしょうね。いったいどんな屁理屈をこねるのか、半ば楽しみでもあります。

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