前回のエントリーの続き。人々がBSE検査基準の緩和に反対する、より根本的な社会的理由と考えられる米国牛の安全性とリスク管理体制への疑いと、due processを無視した政治決着など拙速な米国産牛肉の輸出再開をふせぐために必要な事柄についてまとめてみよう。
(誤解がないように書いておくが、小生は別に何が何でも輸入再開反対ではない。ただ、対米追従政治決着によって科学的・法的なdue processがないがしろにされ、十分な安全確認もないままなし崩しに輸入が再開されることに反対しているだけである。まぁ、米国牛には、ほかにも欧州連合が発ガン・リスクを理由に長年輸入禁止にしている合成成長ホルモン肥育牛の問題とか、抗生物質の多用による人への影響など工業的畜産の弊害や、より根本的には過剰な牛肉食による穀物浪費・環境破壊などあるから、「そんなに牛食わなくてもいいじゃん」という気持ちはあるのだが。)
米国牛の安全性とリスク管理体制への疑い
米国牛の安全性やリスク管理体制に対する疑いは、食品安全委員会でも共有されているものである。日米協議でも、月齢確認のあいまいさ(いい加減さ?)や、交叉汚染防止のための飼料規制の実態に対する疑いを、日本政府側は確認している。また食品安全委員会委員の見解としては、たとえば数日前の日本農業新聞には、次のような記事がある。
汚染状況の把握が重要/米産牛肉安全評価で食品安全委員長 (2004.10.06 日本農業新聞)
食品安全委員会の寺田雅昭委員長は5日、東京都内で会見し、米国産牛肉の安全評価では、同国のBSE汚染状況の把握が重要な要素だとの認識を示した。その上で同国が検査対象の割合が少ないことや、肉骨粉規制が欧州連合(EU)、日本より緩いことを問題点として指摘した。また、BSE検査の検出限界月齢は「国の汚染程度によって違う」とし、検査から外す月齢が国によって変わり得るとの考えを示した。
また10月5日の記事「食品安全委専門調査会委員・山内一也氏に聞く/全頭検査は“二重の安全対策”」では、米国の検査体制の不備について、次のような山内氏の発言を載せている。
米国のこれまでのBSE検査は不十分で、同国での感染実態は判断できない。このため、日本と同等の安全性確保対策を求めることが必要だ。大規模に流れ作業でと畜・解体をしている米国の実態を踏まえつつ、SRM除去の信頼性や検査体制の整備などを十分検証しなければならない。
ちなみにこの検査体制の不備については、上記インタヴュー記事への解説「米国BSE検査ずさん/“へたり牛”に偏重 背景に伝達性ミンク脳症騒動」が、「米国は2003年まで、BSEの検査対象の選び方がずさんだった。自国を「暫定清浄国」と主張する根拠が揺らいでいる」として、興味深い事実を伝えている。(前日の同紙の記事「米国のBSE検査ずさん “清浄国”根拠揺らぐ」によれば、この事実は、7月の日米協議専門家会合で米国側が認めていたことで、そのことが今月3日に明らかになったという。)
それによれば、第一に「米国はBSE検査で、病気やけがで起立できない、いわゆる“へたり牛”を主に調べてきた」が、その背景には、1960年代に米国各地の飼育ミンクの農場で、脳がスポンジ状になって死ぬ伝達性ミンク脳症が問題化した「伝達性ミンク脳症騒動」があるという。そして、このとき原因は、羊の海綿状脳症(スクレイピー)が原因とみられたのだが、ミンクの餌としてへたり牛など病死した牛を与えていたことから、1991年にBSE原因説が新たに浮上し、「慌てた米国が、93年から“へたり牛”をBSE検査対象に加えたことが、偏った検査につながったようだ」という日本の専門家の分析を挙げている。
その一方で、BSE検査で国際獣疫事務局(OIE)が各国に求めているのは、音や刺激に敏感になるなど、BSEが疑われる神経症状を示している牛であり、それは、けがなどのために起立や歩行に支障がある「へたり牛」とは別物で、「へたり牛から感染牛が見つかる確率は、疑わしい牛の100分の1にすぎない」のだという。いいかえると、感染の広がりの程度が、疑わしい牛を10頭を調べて、感染牛が1頭見つかる程度だとすると、へたり牛(ダウナー牛)の場合には1000頭検査してやっと1頭見つかる計算になる。つまり米国の検査は、ミンク騒動のせいもあって、過去10年以上にわたって筋違いのところを対象にしてきたことになるのだ。米国が主張する「自国はBSE暫定清浄国」とする根拠は薄くなってしまったのであり、「感染牛は1頭しか見つかっていない」というのは当てにならない――もしもBSE様神経症状を示す疑わしい牛を検査対象にしていれば、少なくとも計算上は1000頭は見つかることになる――のである。
このヘタリ牛と疑わしい牛の違いを考慮した場合、米国牛の感染頭数はどれくらいだろうか。米国で初めて検査が導入されてから、最初の感染牛が見つかるまでの間に検査された牛は57000頭である。そのほとんどがヘタリ牛だとすると、疑わしい牛を同じ数の規模で検査した場合には100頭発見されたと考えられるから、ある頭数の母集団中の感染牛の割合は、95%信頼区間下限値で約0.14%、上限値で約0.21%となる。これを米国での年間と殺頭数3500万頭で考えると、年間で約50000頭から75000頭の感染牛がいることになる。日本は年間約100万頭を米国から輸入しているから、年間約1400頭から2100頭の感染牛が日本のフードチェーンに入ってくることになる。他方、日本では全頭検査開始以来360万頭検査し、その中から11頭の感染牛が見つかっている(検査開始前の最初の1頭と、農場での死亡牛1頭は除外してある)。すると年間で最大7頭弱の感染牛が現われることになる。仮にこれらの半数が検査をすり抜けてフードチェーンに入ると仮定し、また米国牛の異常プリオン残留率が日本の(危険部位除去された牛の)レベルと同じくらい――米国牛の大半は20ヶ月齢以下で出荷され、異常プリオン蓄積量が少ないと考えられるため(この仮定はやや怪しいが)――としても、国内牛と比べて米国牛は400倍から600倍リスクが高いことになる。輸入解禁の第一条件は「日本と同等のリスク管理レベルであること」だから、これは明らかに解禁できる水準ではない。
ちなみに、小生の研究仲間でBSE問題を追っかけている神里達博氏は、伝達性ミンク脳症や羊のスクレーピーが牛に伝達するという実験結果から、米国には英国型とは違う独自のタイプの米国型BSEがあるらしいことが知られており、これが広範囲に存在しているのではないかという可能性を指摘している。以下はその関連情報。2つめ以降の記事によると、米国型の症状は英国型と違ってヘタレ牛(ダウナー牛)の症状と似ており、英国型を念頭においた検査ではBSEと診断されずに見過ごされている可能性は高い。(ただし、この米国型が人にも感染するかは記事からは不明。)
まだある米国牛への疑い
米国牛の安全性とリスク管理体制の不備を疑わせる情報は、ほかにもたくさんある。たとえば民主党の山田正彦衆議院議員を団長とする「民主党米国BSE調査団」の報告がある。
ちなみに二つめのほうには、こんな記述もある(強調筆者)。
もと農務省の獣医検査官であるフリードランダーさんの話でも、農務省が集めた牛の脳はすべて若い健康そうな牛だった、さらにBSE感染牛と疑われるような牛は検査にまわさずに、レンダリング(肉骨粉工場)に回すように農務省は今も奨励していると語っていました。これらの事情からして、米国側はBSE感染牛が出ないような検査の方法をとっているとしか思えません。
関連情報: 米国:BSE高リスク牛が検査なしでレンダリングに―産業最優先姿勢が鮮明
そういえば、昨年末みつかった感染牛も、当初報道では「ヘタリ牛」ということだったが、と殺を行った業者の人が「あれは健康な牛だった」と告白している。(告白者のサイト)
また2004年7月13日の日経の記事にはこんなのもある。
米、危険牛の76%は未検査・農務省監察官報告書
【ワシントン13日共同】昨年末に初の牛海綿状脳症(BSE)が確認された米国で、2002会計年度(01年10月―02年9月)からの約2年間に中枢神経障害の兆候が表れ処分された牛680頭のうち、約76%に当たる518頭がBSE検査を受けていなかったことが13日、農務省監察官が議会下院へ提出した報告書案で明らかになった。
神経障害の兆候がある牛はBSE感染の恐れがあるため、「危険度の高い牛」の相当数が検査されず感染が見過ごされていた可能性がある。農務省は、米国でBSEが広がっている可能性は低いとしてきたが、報告書案は「(政府の)主張の信頼性を低下させる」と指摘した。
米下院は14日、調査内容を含むBSE問題全般について、ベネマン農務長官らを呼んで公聴会を開く予定だ。
調査では、同様に感染の恐れがある「農場で死亡した牛」のBSE検査も実施されなかったことが判明した。
関連情報: 米国農務省監査局、省のBSE検査を批判 省専門家は過去のことと一蹴
さらに『週刊現代10月2日号』には、「狂牛病危機!輸入再開なんてとんでもない アメリカの牛は今も肉骨粉を食べている」という記事がある。一部抜粋しておこう(強調筆者)。
最大のごまかしは肉骨粉の規制にある。BSEは空気感染などは起こさず、エサに含まれる牛の肉骨粉から感染するとされる。肉骨粉は牛から食肉を除いた後のクズ肉や脳、脊髄といった成分から作られるが、脳や脊髄には異常プリオンが含まれている可能性が高いからだ。米国政府は’97年から牛には与えていないと言い張っているが、実は肉骨粉を使った農家を罰する規定は存在しなかった。
「唯一の厳しい規制は、肉骨粉の入った飼料を作るメーカーに対し、『牛の一部が入っているので、牛には与えるな』とシールを貼る表示義務を課していることです」
と語るのは、米国元農務省検察官のレスター・フリードランダー氏だ。大手食肉解体場で豊富な検査経験を持つフリードランダー氏が、驚愕の事実を明かしてくれた。
「FDA(米食品医薬品局)が全米の農場に対し、『肉骨粉を牛に与えるな』と正式に勧告したのは、感染第1号が出てから半年も経った今年の6月のことです。それ以前は平然と肉骨粉を使っていた農場もある。実のところ、東海岸の農場には、いまだに肉骨粉を与え続けているところがあります」
・・・
BSE感染の拡大を防ぐ最も初歩的な対策を怠っているというのだから驚かざるを得ない。にわかには信じがたいが、米国公益科学センターの法律担当者であるケン・ケリー氏もこう口を揃える。
「今年1月、農務省は『病気の牛や、脳や脊髄などの危険部位、鶏小屋から出るフンやゴミ、クズ肉などを家畜の飼料にすることを禁止する』などといったBSE対策の強化策を打ち出した。ところがすべて提案だけで、規制が法として施行されたものは何一つありません。肉骨粉の飼料規制に関しても抜け道だらけで、豚や鶏などの飼料として脳や脊髄はもちろん、歩行困難などの神経障害が出ている“へたり牛”の肉までが使われています」
加えて米国では、自家用として農場自身が飼料を配合することを認めている。いったいどの農場でどんな飼料が、どれだけの量使われているのか、まったく把握されていない状態なのだ。
米国産牛は危険部位の除去に関しても問題を抱えている。アメリカでは骨から肉を削ぎ落とす際に、骨のきわギリギリまで機械を使って削ることが多い。この機械を使うと、危険部位である神経組織が混じりやすい欠点がある。政府はこの機械を使った肉を食用にすることを禁止する策を打ち出したが、これもまた法的な規制がかかっていない。ほとんどの食肉解体場で守られていないのが現状なのだ。
米国の食品加工業最大手、タイソン・フーズ社のパスコ工場の労働者であるメルキアデス・ペレイラ氏にこの禁止策について確認したところ、ペレイラ氏は平然と使用していることを認め、削ぎ落とされた牛はミンチ肉として食用されていると語った。
「脊髄に近い部分でも、何の気なしに機械を使っています。危険部位の処理は何の訓練も受けていない人間が担当することが当たり前のことになっており、ときには脊髄が肉に飛び散って付着していることさえある。日本では危険部位がきちんと除去されているかどうか獣医が確認しているそうですが、ここで立ち会う食品検査官は何の資格も持たない素人にすぎません」
内部告発者をサポートする団体、ガバメント・アカウンタビリティー・プロジェクトの元食品担当者であるフェリシア・ネスター氏は、さらに驚くべき事実を教えてくれた。
BSEの感染が疑わしい牛について、「政府の検査官が確認に来る前に飼料加工業者に回すように」農務省自身が奨励しているというのだ。
「農務省に確認したところ、『衛生上の問題から、病気である可能性が高い牛を検査官の到着まで保管しておく余裕はない』との答えでした。このため全米の農場で、様子のおかしい牛を獣医に診せることなく飼料加工業者に回したり、死亡した牛をそのまま土葬したりといったケースが頻発しています」(ネスター氏)
とまぁ、こんな具合である。なかには、異なる記事でありながらも情報源が同じ人というのもあったりして、情報の一般性に欠けるところはあり、またその一般性を積極的に支持する別の証拠もないわけだが、逆に、これらから導かれる疑いを積極的に否定する根拠もないわけで、こうした報道――似たような話は米国BSE発見直後に、テレビでもいろいろ報道されていた――に接した人々が、米国牛に深い疑いを抱くのは、やはり自然なことだといえるだろう。むしろ反対に、これらの報道を前にしてもなお、「アメリカの牛は安全だ」と言い切れるとしたら、それは単なる信仰告白に過ぎなくなる。
なお、上記引用に出てくるタイソン・フーズ社の労組代表メルキアデス・ペレイラさんは、今年7月に来日し、農水省や他の場所での会見やストリート・パフォーマンスを通じて、食品と職場の安全を求めるために、同社のBSE対策と労働安全管理・衛生管理のずさんさを告発し、日本の消費者・労働者との連帯・支援を訴えている。
- タイソン・フーズ社の安全な職場・安全な食品に関する事実 (レイバーネット04.07.21)
- ローカル556組合員の訴え―メルキアデス・ペレイラの話 (レイバーネット04.07.21)
- 米食肉大手の労組代表ら来日 米国の牛肉処理実態報告へ (朝日新聞04.07.21)
- 労働環境、衛生管理が悪い 米国タイソン・フーズ社ペレイラ労組委員長 (日本食糧新聞04.07.21)
- 米食肉企業(タイソン・フーズ社)にBSE全頭検査要求する (新聞「農民」04.08.09)
輸入再開に対する「不確実性のハードル」の確認
以上のように、米国牛のリスクを警戒し、その輸入再開につながりかねない検査基準の緩和に反対し、全頭検査継続を求めることには、はっきりと合理性がある。あとは、そのような疑わしい状態で輸入が再開されるような事態をどう避けるかだが、そこで重要なのは、輸入再開の前にクリアすべき「不確実性のハードル」の確認だ。リスクに関して不確実性がある限りは、リスクに応じたリスク管理はとれず、予防的措置として輸入禁止を継続することになる。それは食品安全基本法で定められた手続きでもある。
今のところほとんどのマスコミは、輸入再開に前に立ちはだかるハードルは米国牛の「月齢確認」の科学的保証だけであるかのように報道し、輸入再開に反対している人たちも、拙速な輸入再開を防ぐ防波堤として「全頭検査継続」ばかりに集中している。しかし、上に見たように米国牛とそのリスク管理体制には、より根本的な問題がたくさんある。月齢確認の問題も含めて、リストにしてみよう。
- 月齢確認の問題: 米国では日本のような個体識別制度が確立していないため、牛の歯型の変化でしか月齢が確認できない。この方法で確認できるのは30ヶ月齢以上の牛であり、しかも6ヶ月もの誤差がある。「米国牛の大半は20ヶ月齢以下でと殺される」と米国は主張しているが、そんな確認方法でどうやって20ヶ月齢以下だと確認できるのか?また10月4-5日の日米協議で米国は、「肉質や骨質で確認できる」と主張したが、日本側は「話にならない」と一蹴している。
- 飼料規制の問題: 交叉汚染を防止するための措置として、現在米国は、反芻動物(牛、羊、山羊など)の肉骨粉を反芻動物に与えるのを禁止しているだけであり、またレンダリング工場の作業もずさんである可能性が高い。この結果、レンダリング工場で反芻動物の肉骨粉が、非反芻動物(鳥やブタ)から作った牛用の飼料に混ざったり(交叉汚染)、BSE感染牛の肉骨粉が鳥やブタに与えられ、それらから作られる牛用の肉骨粉に異常プリオンが残留している可能性を排除できない。またそもそも、未だに牛から牛への肉骨粉の使用禁止が徹底されていないという話もある。米国のFDA(食品医薬品管理局)とUSDA(農務省)は今年7月9日に、「特定部位(SRM)をペットフードも含むすべての動物用飼料から除去し、飼料の生産・流通過程や、農場における誤給餌で起きる交叉汚染のリスクを管理する」などの追加措置(和文、英文)を提案しているが、これには業界からの反対も多く、いつ法制化されコンプライアンスが達成されるのかは全く不明である。ちなみに、人のvCJDリスクのそもそもの源であるBSEを撲滅するためには飼料規制は欠かせないが、この点について日米専門家・実務者ワーキング・グループの委員で、米国での調査にも加わった食品安全委員会プリオン専門調査会の山内一也委員は、農業協同組合新聞のインタヴューでこう指摘している。「(米国には)撲滅を目標にしなければならないといった危機意識は全体としてありません。安全確保に対する不信感はある。それをふまえて輸入再開をどう考えるかだと思います」。(BSE報道 「中間報告」の政治的利用は許されない)
- 特定危険部位除去の問題: これは人の感染防止策としては一番大事。しかし、上記の記事などにあるように米国の実態は相当怪しい。ちなみに米国の定義では、除去すべき特定危険部位とは、30 ヶ月齢以上の牛の脳、頭蓋、三叉神経節、眼球、せき髄、背根神経節、せき柱(尾椎、胸椎横突起、腰椎横突起、仙骨翼除く)と、すべての牛の扁桃と回腸遠位部である(回腸遠位部については除去作業の不確実性を減らすために、腸全体を除去している)。こうなっているのは、口から入った異常プリオンは、最初は回腸遠位部や扁桃にたまり、だいぶ月齢が経ってから脳など中枢神経系に広がるので、後者の部分には30ヶ月齢以下ではあまり異常プリオンが溜まっていないと考えられているからだ。しかし歯型の変化による月齢確認でさえ、最大6ヶ月の誤差があるため、30ヶ月を過ぎて十分異常プリオンが蓄積した牛が30ヶ月未満だとされて危険部位を除去されないまま流通する可能性がある。また仮に米国が20ヶ月齢以上の牛の全頭検査を実施したとしても、月齢確認が不確かならば、30ヶ月齢以上でありながらも20ヶ月齢未満と見なされた感染牛が、危険部位除去も検査ではじかれることもなく輸入される可能性さえある。
- 検査体制の問題: 日本とアメリカでは検査がもつ目的が根本的に違う。日本は、全頭検査によって感染状況を把握する(サーベイランス)だけでなく、何よりも感染牛の肉をフードチェーンから排除するという「スクリーニング」を目的としている。これによって検査限界以上の感染牛はかなりの割合で排除される(そのうえ全月齢にわたって危険部位も除去されている)。これに対し米国は1%未満のサンプルによる感染状況の把握のみである。しかも、上記の一連の記事にあるように、このサンプル調査によるサーベイランスの信頼性すら、かなり怪しく、感染実態の把握は不確実性が高い。
これからの展開
このように米国牛のリスクとその管理体制には、そう簡単に乗り越えられない不確実性が多方面に渡って存在している。輸入再開の判断は、米国牛の感染状況から判断される人への感染リスクを明らかにし、そのリスクレベルが日本と同程度であることを保障するようなリスク管理体制とその監視・監督体制が米国で構築されていることが、日本の食品安全委員会によって確認されてはじめて下すことができる。それが法的かつ科学的なdue processである。しかもここで重要なのは、日本との同等性が要求されるのは「リスクレベル」であって、単にリスク管理の体制が日本と同じという形式的なことではないということだ。だから、検査基準月齢一つとっても、月齢と検出限界は本来それほど相関はなく、若い牛でも汚染状況が酷ければ検出限界以上に異常プリオンが溜まっていることを考えれば、もしもアメリカの感染状況が日本と比べて著しく悪ければ、仮に日本が20ヶ月齢以上としても、米国にはそれ以下に基準月齢を下げてもらうことを要求しなければならない。
他方、拙速な輸出再開に反対する消費者・生産者個人や団体は、いつまでも「検査基準緩和ハンターイ!」「全頭検査ケイゾクー!」ばかりにこだわらないで、上記の4点に関する不確実性が、食品安全委員会によって十分にチェックされ、明確な説明がなされるかどうかをちゃんとウォッチし、意見交換会などを利用して政府に要求していかなくてはならない。さもないと、世論が無関心なのをいいことに、月齢確認の問題だけが輸入再開条件として一人歩きし、他の部分の改善がないままに政治決着される恐れがある。国内対策についても同様で、とくに検査と並んでリスク低減策の要である危険部位除去の方法の改善・強化策の有効性や実行性、飼料規制の徹底度、それらの監督体制などについてもっと注意を払い、総合的な視点を持つべきだろう。(→参考:「危険な全頭検査症候群、緊急要する安全対策の全面的再検討」)そもそも本当にBSEのリスクをなくしたいなら、一番肝心なのは飼料規制である。検査ばかりに注目するのはまったく不合理だ。
それと同時に、消費者や生産者にとって最大の情報源であるマスコミのほうでも、月齢確認以外の不確実性にも光を当て、それらの食品安全委員会による確認がちゃんとなされたうえで政策が決定されるかどうかを監視する必要がある。とくに「政治決着」は、科学的・法的なdue processを崩すことであり、まさに3年前のBSE問題によってあぶり出され、食品安全委員会の設立によって克服されるべき日本政治・行政の悪癖にほかならない。マスコミにはその点からの追及もぜひしてほしいと思う。
食品安全委員会や農水省・厚生省については、上記の不確実性についてちゃんと検討するだけでなく、その検討結果と、それを踏まえた政策決定の根拠を、国民が納得するかたちで説明する責任がある。これは輸出再開問題だけでなく、国内対策の再構築についてもいえることであり、とくに、国民が最も気にしている検査基準の選択の根拠・理由をつまびらかにし、それが果たして米国(および外務省や首相官邸)からのプレッシャーと無関係なのかどうかをはっきりさせる必要があるだろう。新対策案には、より感度のいい検査法や生きたまま感染確認をできる新しい検査法の早期開発も盛り込まれるだろうが、その場合には、一度検査基準を緩和した上で、新しい検査法が実用可能になり次第、再び基準月齢を下げたり全頭検査を開始し、アメリカにも「また全頭検査始めますからよろしく~♪」ということになると考えられる。そうなると、いずれそうするなら、なぜ今、わざわざ検査基準を緩和するのかが問われるだろう。仮に検査基準を20ヶ月齢で線引きするとしても、その根拠については、『中間とりまとめ』でも「断片的な事実」しか示されていない。小生としては、それらの根拠から20ヶ月ないし17、18ヶ月あたりを基準にすることは説得力があると考えているが、小生の判断が適切かどうかは分からないし、適切だとしても、多くの人が納得するかどうかもわからない。食品安全委員会の専門家判断(エキスパート・ジャッジメント)としてはどうなのか、また、費用対効果――検査基準を緩和することで浮いた予算を、まだまだ問題が多いとされる危険部位除去の方法改善などにふり向けた場合のリスク低減効果や、他の感染症対策との予算配分など――はどうなのかが納得できるかたちで説明されなければならない。
またリスクコミュニケーションにおいて、そうした説明が受け入れられるためには、人々が懸念する「検査基準緩和で即、輸出再開へ」というイメージを払拭する必要があり、そのためには、上記のような検査体制や月齢確認だけで留まらない米国牛についてのさまざまな不確実性を、いわば輸入再開条件のチェック項目リストとして米国に提示し、それを国民へのメッセージとしてはっきり示す必要があるだろう。(国民に示すだけで米国には示さないのでは何の意味もない。)「国内対策は米国牛輸入問題とは別の話です」と繰り返すだけでは、明らかに足りない。ましてや、人々の反対姿勢や不安・不満の裏にある米国牛や米国政府、日本政府に対する根深い不信に向き合わずに、「人々が検査基準緩和に反対するのは、その科学的説明を理解していないからだ」と考えるばかりであったとすれば、ますます人々の不信は深まるばかりだろう。
農水省・厚労省の新対策案は、おそらく今週中には食品安全委員会に諮問され、公表されるだろう。その中身がどうなっているか、委員会はどうそれを評価するか、要注目である。他方、米国大統領選は11月2日、あと3週間である。米国は、空前の「アトキンス・ダイエット」ブームで、牛肉の売れ具合は高値・絶好調で、牛泥棒まで出る始末だという。日本の輸出禁止も何のそのという状況らしい。たとえブッシュが再選されても、日本への輸入再開プレッシャーは、選挙後はかなり弱まり、小泉政権が政治決着しちゃうリスクは下がるかもしれない。そのあたりの動向も要注目である。
(ちなみにアトキンス・ダイエットについては、最初の数ヵ月は有効であるかもしれないが、長期的には体重を減らすのに役立たないばかりか、危険でさえあり得るという研究が英国医学雑誌・ランセット誌に最近発表されている(Arne Astrup,Thomas Meinert Larsen,Angela Harper,Atkins and other low-carbohydrate diets: hoax or an effective tool for weight loss?,Lancet 2004; 364: 897-99 参考:「アトキンス・ダイエット、長期的には推奨できない―新研究」)。さもありなん、な話だな。)
(追記1)
先週末のニュースで、松屋が中国産の牛肉で牛丼販売を再開するというのがあったが、大丈夫か?調べてみないと分からないが、近い過去に英国産や米国産の肉骨粉を輸入してたりしないのだろうか?SARSの例もあるように、中国政府は、仮にBSEが発生してても海外で大騒ぎにならない限り、自ら公表したりしない可能性大だし。ある意味、米国産牛肉より警戒したほうがいいんじゃないだろうか?
(追記2)
面白い記事を発見。最初、冗談かと思った。マジに言ってたとしたら、(日本)人をナメきってるか、はたまた牛の食いすぎですでに・・・・?
米産牛肉輸入、交渉長期化不可避か(読売新聞2004年9月23日)より抜粋(強調筆者)
「サプライズな提案がある」。アン・ベネマン米農務長官とロバート・ゼーリック米通商代表部代表は今月14日、加藤良三駐米大使を呼び出して、おもむろに予告した。
翌日に日本側に伝えられた提案は、BSE(牛海綿状脳症)検査が必要ない牛の月齢を米国も暫定的に生後20か月以下に引き下げ、月齢は肉質などをもとに判定するとの内容だった。
米側は「これが最終提案だ。食肉業界とは調整に入った。これが受け入れられなければ終わりだ」と威圧ぎみに迫った。しかし、日本側は17日に官邸で日米首脳会談への対応を検討し、米国案を「判定基準があいまい過ぎる」と受け入れ拒否を決め、首脳会談での決着は消えた。
ま、ある意味「サプライズ」ではあるが。。「これが受け入れられなければ終わりだ」?思わず「どうぞご自由に」といいたくなる言い草だな。(こっちは客だぞ?)