(社)農林水産先端技術産業振興センター・農林水産省シンポジウム

『テクノロジー・アセスメントへの市民の参加を考える』
−「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」を振り返って−

について


1. シンポジウム『テクノロジー・アセスメントへの市民の参加を考える』

 (社)農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)主催、農林水産省後援によって、上記表題のシンポジウムが、来る2月5日(月)に開催されます。 以下はSTAFFのホームページでの案内からの抜粋です。


 

シンポジウム
    『テクノロジー・アセスメントへの市民の参加を考える』
  −「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」を振り返って−
      開催のお知らせ

                            平成13年1月4日

 平成12年、市民参加型のテクノロジー・アセスメントの一つの手法であるコンセンサス会議が、我が国では初めて公的機関が関与して、遺伝子組換え農作物 をテーマに実施されました。

 そこで、今回の「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」を振り返るとともに、テクノロジー・アセスメントへの市民の参加、遺伝子組換え農作物についての市民と関係者との双方向のコミュニケーション等をテーマとしたシンポジウムを開催します。皆様のご参加をお待ちしております。

 日 時:平成13年2月5日(月)13:30〜17:00

 会 場:発明会館  大ホール
     東京都港区虎ノ門2-9-1  TEL 03-3502-5499

 主 催:(社)農林水産先端技術産業振興センター〔STAFF〕
 後 援:農林水産省

プログラム

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13:30 開会
13:35 1.コンセンサス会議と科学技術への市民参加
        若松 征男 氏
       (東京電機大学教授、科学技術への市民参加を考える会(AJCOST)代表)
   「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」運営委員長
14:00 2.「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」を振り返って
      1) 科学論の立場から
        小林 傳司 氏(南山大学教授)
        「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」ファシリテーター
14:25  2) 自然科学の立場から
        駒嶺 穆 氏(財団法人進化生物学研究所理事、東北大学名誉教授)
         「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」運営委員
14:50  3) 参加者の立場から(1)
        野本 俊雄 氏
        「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」市民パネラー
15:05  4) 参加者の立場から(2)
       坂本 京子 氏
       「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」市民パネラー
15:20 休憩
15:30 パネルディスカッション
       司会:高柳 雄一 氏(NHK解説委員)
       「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」運営委員
       パネラー:上記講師5人、農林水産省
17:00 閉会


 このシンポジウムは、昨年9月から11月にかけて開かれた農林水産省委託事業・(社)農林水産先端技術産業振興センター主催の「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」のプロジェクトの一環として開かれるものです。同会議は、政治への市民参加、なかでも科学・技術のアセスメントへの市民参加を考える上で、研究者としても非常に興味深いものです。ぜひ参加しましょう。申し込みは、上の案内があるページの一番下から、インターネットでもできます。

2.「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」について

 コンセンサス会議は、市民参加型のテクノロジー・アセスメントの一つの手法として80年代半ばにデンマークではじまったものである。遺伝子組み換え農作物をテーマにした昨年の会議では、日本での市民参加型テクノロジーアセスメントの研究・普及につとめるコンセンサス会議/科学技術への市民参加を考える会(AJCOST)」のメンバーをふくむ科学技術社会論(STS)の研究者が、会議ファシリテーターや運営委員の役をつとめ、全国から公募抽選された18名の市民パネルや、パネルへの情報提供やパネルが作成した質問書「鍵となる質問」に対する回答を行った専門家らとパネルとのあいだで、かなりの点で実のある議論が展開された。(その主成果である報告書『市民の考えと提案』と、会議の経緯を伝える文書は、STAFFホームページに公開されている。)

 筆者は、一般公開された第3回(市民パネルの質問書に対する専門家からの回答と質疑応答)と第4回(報告書『市民の考えと提案』の発表)の会議を傍聴したが、とくに次の3点でこの会議は成功だったと考えている。

 一つは、いわゆる「素人」である一般市民は科学・技術の問題について決して「無知」ではなく、それどころか、個々の個人的・職業的観点から鋭い問題提起を専門家に対して投げかけ、専門家が市民から学ぶことも多いという、STSにおける「一般市民の科学理解(PUS: Public Understanding of Science)」論の基本テーゼが、この会議でも見事に確証された点だ。(STSにおけるPUS論については、現在当サイトで連載中の「STSとは何か」で近く書きます。)

 二つめの成功点は、まさにそうした市民パネルの議論の成果の一つでもある。それは、しばしば自然科学的・工学的問題と捉えられがちな科学・技術のリスク問題について、社会科学的な分析がいかに重要であるかを報告書のなかで訴え、これをとくにSTAFF所属の専門家や行政官らと分ちあえたようだったことだ。会議には専門家として、STSの分野では、藤垣裕子氏(東京大学)、林真理氏(工学院大学)、また『なぜ遺伝子組み換え作物は開発されたのか』(明石書房)の著者である大塚善樹氏(広島経済大学)、農業経済学から久野秀二氏(北海道大学)が説明や回答を行っているが、市民パネルの間では、彼女・彼らの話がことのほか印象深かく開明的だったそうだ。これを反映して『市民の考えと提案』は次のように締めくくられている。

 国にすべての政策決定を任せきりにすることは、私たちの自己決定権を放棄することになる。また、感情的に反対することは、私たちの意志を政策に反映する上ではマイナス要因でしかない。国・企業・研究者と市民の双方向性のある議論をするために、私たちは問題に関する情報を知るとともに、リスクとベネフィットについて判断する社会科学的なものの考え方をする必要があると感じた。
 今回のコンセンサス会議で、社会的合意を得るための考え方の手段を社会科学の分野が取り扱うことを知ったが、まだ一般的にあまり馴染みのない考え方ではないかと思う。国は情報を提供するだけでなく、科学技術に関する社会科学的な分析についても啓発の必要があるのではないか。市民一人一人がきちんと考えることが、長い目で見て社会の利益につながる。

 専門家たちの感想が全体的にどんなものであるかは、市民パネルのものも含めて、これから追跡調査する予定だが、少なくとも会議終了後に直接言葉をj交わらせることのできたSTAFFの理事の方から受けた印象や、その後、ファシリテーター役をつとめた小林傳司氏(南山大学)から伺った話では、農業技術関係の専門家にとって社会科学的な視点は非常に新鮮で、今後研究していく価値が非常に大きいと受け止められたようである。

 ちなみにこの会議で一番印象に残ったのは、実は、この社会科学的な視点をめぐって、第3回会議で市民パネルの質問書に回答した社会科学系の専門家と自然科学・工学系の専門家との間で、遺伝子組み換え農作物のリスクとベネフィットを論じるには、その技術の開発と利用が行われる社会的文脈―現在のモノカルチャー的で工業的・商業的な農業・食糧システムの構造―を考慮する必要があるかないかをめぐって、非常に明確な意見の分裂があったことである。(これについても、当サイトで連載中の「STSとは何か」で近く書く予定である。)

 なお『市民の考えと提案』は、第4回会議でプレス公表され、朝日・読売・毎日を含めた11月5日付けの新聞各紙で報道されているが、市民パネルが口頭でも報告書でも強調したこの「社会科学的視点の重要さ」について触れた記事は一つもなく、また当日の記者からの質問でも一切触れられなかったという事実は、この領域の問題に関するマスメディアの鈍感さを物語るエピソードとして指摘しておきたい。

 会議の三つ目の成功点として考えられるのは、今回の会議が、農林水産省の行政としての意思決定に直接連なるものではなく、遺伝子組み換え作物に関する研究開発の文脈に位置づけられていた点だ。行政が開催するこの手の「市民参加型会議」には、原子力部門や公共事業での類似制度に顕著なように、そこでの市民の判断が行政の意思決定の正統性に対する「言質とり」として利用されかねないという懸念が常につきまとう。(実際、この会議でも当初は、市民パネルのあいだでこの懸念が強く、他方、専門家や行政サイドも、「素人」がちゃんと正しい技術評価ができるのかという疑心暗鬼があり、かなり雰囲気がぎすぎすしていたという。)しかし結果的には、今回の会議は、この危険を極力回避したものになっていたと考えられる。80年代半ばにデンマークで開始されたコンセンサス会議は、その後、イギリスやアメリカ、韓国、フランスなどいろいろな国に広がり、日本でも前出のAJCOSTの代表である若松征男氏(東京電機大学)や小林傳司氏らによって、1998年のSTS国際会議での「遺伝子治療」をテーマにした会議や、1999年の高度情報技術をテーマにした会議が実験的に行われている。そのなかでたとえばデンマークの場合には、デンマーク議会の機関であるデンマーク技術委員会(Dunish Board of Technology)によって行われたものであり、(行政府ではないが)立法府という政治的意思決定の場に位置づけられていた。その点で今回の日本の例は、世界的にユニークなものだったといえるのではないだろうか。

 とりわけこのユニークさで重要なのは、コンセンサス会議の本質的機能は、その名が示唆する「合意形成」よりは、専門家と非専門家のあいだや専門家同士、非専門家同士のあいだに潜む「隠れた」意見の不一致や、気づかれにくい論点を表に出すことによって、専門家・非専門家を問わず参加者が相互に学びあい、より正統性のある合意形成に必要な適切なアジェンダ・セッティングを可能にすることにこそあるということだ。(参考:小林傳司「“コンセンサス会議”という実験―素人に科学/技術を評価する資格はあるか」、『科学』、1999年3月号)。この点で、コンセンサス会議は、政治的意思決定よりは、研究の文脈に位置づけられたほうが、本来の機能を発揮しうるといえるのだ。実際、今回の会議では、先に述べた社会科学系と自然科学・工学系のあいだの専門家の意見の不一致だけでなく、遺伝子組み換え作物の安全審査の要である「実質的同等性」という概念についての考え方も、必ずしも専門家同士で完全に一致してはいないという事実が明らかになっている。また市民パネルのうち農家の女性からは、日本モンサントの副社長の方に対し、「遺伝子組み換え作物の藁屑などを家畜の食糧にした場合の危険性は調べられているのか」との質問が投げかけられ、これがまだ未解明であることが明らかになり、また今後モンサント社でも調査するという「約束」の言葉を引き出している。

 もう一つつけ加えれば、研究の文脈とはいえ、STAFFのような公的研究機関が会議を主催し、その成果を活かすことは、「公的研究機関の役割とは何か」を示唆しうる点で重要だ。とくに遺伝子組み換え作物の分野は、企業主導・市場原理主導で研究開発と利用がすすめられている分野であり、ともすれば社会経済的な影響も含めた安全性への慎重な配慮が疎かにされがちなだけに、公的研究機関とそれを支援する行政の研究開発政策の役割は、公共性のある科学・技術の研究開発・利用を担保する上で極めて大きいといえる。実際、日本でも地方の農業試験所では、地域の環境などに適合した品種改良を農家とともに取り組んでいるそうであり、今後はそういう地道だが本質的に重要な努力に積極的に光をあてていくことが大切だろう。

 なお以上では、会議の成功点を主に論じてきたが、今後の展開も含めて問題点がまったくないわけではないだろう。問題点の評価も含めた総合的な評価は、昨年度より筆者も含めて神戸大学国際文化学部のスタッフを中心にすすめられている科研費研究プロジェクトによる追跡調査・研究で明らかにしていきたい。