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補遺2　米国レギュラトリー・システムの構造改革

A2.1.　概要

　"Red Book"『連邦政府におけるリスク評価』の段階論を基礎にしつつ、「より費用効果が大きく、創造的な規制アプローチ」、「省庁の規則策定手続きの合理化・簡素化」、「公衆の関心と参加の強化」、「科学的信頼性の向上」を目指して、次のようなスローガンによって特徴づけられるレギュラトリー・システム全体の改革が、1993年以来、クリントン政権によって進められている。

●　不要な規制を廃止すること

●　官僚主義を排し、結果に報いること

●　ワシントンから出て、草の根のパートナーシップを築くこと

●　命令ではなく、交渉すること

　このような改革が必要となった背景には、下図のように、①経済的プレッシャー(限られた財源や研究・政策資源)、②政治的プレッシャー(公衆の環境・健康保護や意思決定への参加の要求や、規制実施の困難さゆえの産業界の抵抗)、③科学的プレッシャー(規制根拠の科学的信頼性の要求およびリスク問題の複雑化と不確実性の増大)があり、その結果、右枠内のような改革の方針がとられていると考えられる。

A2.2.　改革の基本原則

　改革の基本原則は、国家政府改革パートナーシップ(NPR)の報告書『レギュラトリー･システムを改革する』ならびに大統領令12866号「規制に関する計画策定と影響評価」にまとめられており、前者では、大統領と規制省庁に対する次のような勧告がなされている。

大統領は、省庁間の情報共有と規制手法の調整を助けるために、「省庁間規制調整グループ(RCG)」を設けるべきである。
省庁に対して大統領は、適切な場合には、市場志向的で創造的(innovative)な規制措置を用いるよう指示するべきである。
省庁に対して大統領は、コンセンサスに基づく規則策定を行えるように、規制づくりの交渉(規制交渉: "reg-neg")を行うことを奨励すべきである。このプロセスによって省庁の代表者は、規制の影響を受ける利害関係者との協力的な努力を積み上げることができる。
大統領と省庁は、規制の策定と実施の両方において、公衆の関心を高め、参加の機会を拡大するための諸段階をふまなければならない。省庁に対して大統領は、フォーカス・グループを召集したり、より有用な公聴会を開いたり、規制から影響を受ける人々の関与を増すための他の方法を利用するよう奨励すべきである。また省庁は、情報技術をより積極的に活用することを考慮すべきである。
省庁は、立法上の変更が必要かどうかを推薦することも含めて、その内部の規制策定プロセスを合理化・簡素化するだろう。また省庁は、論争を巻き起こさないような規制を実行するのに要する時間を大幅に短縮できるような「目標直行的("direct final")」な規則策定を試みるだろう。
省庁に対して大統領は、規制を施行するにあたって、論争当事者が互いに合意できるやり方で紛争を解決するのを助けるさまざまな技法からなる紛争解決の代替的方法(Alternative Dispute Solution: ADS)を用いることを強く勧めるべきである。そのようなADSの技法は、規制者と被規制者とのより協力的な関係が育まれるのを助けることができるだろう。
本報告書(『レギュラトリー･システムを改革する』)では、他に、次のような提案を行っている。(1)省庁は、その規制のための諸資源を、最も深刻な環境・健康・安全リスクに対して集中的に用い、長期的な規制計画に取り組むこと、(2)関連省庁に対して大統領は、科学的データが、アジェンダ設定と意思決定の場面でより広範に用いられるようにするための道具として、科学諮問委員会(science advisory boards: SAB)を設立するよう命ずること、(3)省庁は、議会の委員会や下位委員会に向けて、専門的な内容の起草サービスを確立すること、(4)行政府は省庁長官やスタッフがより多くの専門的訓練を受けられるようにすること。

A2.3.　「リスク評価・リスク管理に関する大統領・議会諮問委員会」の報告書

（１）「新しいリスク管理の枠組み」が目指すこと

　上のようなレギュラトリー・システム改革に対する連邦政府レベルの取り組みのなかから生まれたのが「リスク評価およびリスク管理に関する米国大統領／議会諮問委員会」による報告書『環境リスク管理の新たな手法』である。これが提示する「新しいリスク管理の枠組み」は、以下の五点を目指している。

広範な間題背景の中で健康や環境の問題を解決する総合的かつ包括的なアプローチを提供する。
リスク評価や経済分析の使用については、最も科学的な根拠に基づき、リスク管理の代替手段を考慮した上で決定する。
利害関係者間の協力、意思の疎通、協議の重要性を強調する。その結果、公的価値をリスク管理戦略に反映させることができる。
利害関係者を早い段階から関与させることなくなされる決定よりも、はるかに成功の見込みのあるリスク管理の決定を行う。
リスク管理のいかなる段階で重要な新しい情報に直面しても、これにうまく対応する。

　このような考え方の背景には、従来のリスク管理の手法に対する次のような反省や認識がある。第一に、現代の地球環境問題や化学物質汚染のように複雑で複合的なリスク問題に直面するなかで、化学物質ごと、環境媒体ごと、危険要素ごとに対応を行ってきた従来の「個別対応規制(command-and-control)」と呼ばれる手法の限界が見えてきたことがある。第二に、多くのリスク管理の失敗は、個別対応を超えた広範な問題背景のもとでリスクを検討してこなかったことだけでなく、政策の意思決定プロセスのなかで、可能な限り早い段階から利害関係者を関与させてこなかったことが原因であると考えられるようになった。これを反映して、リスク管理が、個々の市民、地方企業、労働者、産業、農民、漁民によって、政府活動の枠外で行なわれる「権限の分散化」が進んできている。第三に、リスク管理の手法の面では、政府のリスク管理者は、リスクを減らすために「規制的アプローチ」と「自発的」アプローチの両方を考慮するようになっている。特に限られた財源で、大気、水、土壌などの環境媒体を横断する複雑で不確実なリスクの問題解決が社会から求められている点で、これは重要である。

（２）新しいリスク管理の枠組みにおける「六つの段階」

　以上のような目標を達成するために、上記委員会は、あらゆる立場のリスク管理者、すなわち政府関係者、民問企業、一般の個人メンバーが適切なリスク管理の決定を下すのに役立つように組み立てられた、右図のような六段階からなる「リスク管理の枠組み」を定式化した。

① 問題の明確化・関係づけ：　
　　間題の本質を明らかにし、間題の文脈を把握。

② リスク分析：
　　文脈から問題に関係するリスクを分析する。

③ 選択肢：リスクに取り組む選択肢を検討する。

④ 意思決定：どの選択肢を実施するか決定する。

⑤ 実施：決定したことを実施に移す。

⑥ 評価：実施の結果について評価する。

（３）リスク管理の意思決定の原則

　上記委員会は、これまでの多数の経験の分析から、適切なリスク管理の意思決定の原則を次のように整理している。
人の健康と生態系の観点から明確化された問題に取り組むものであること。
影響を受ける人々の意見を引き出すような意思決定プロセスから得られるものであること。これにより、異なる技術評価、公共的な価値、知識、リスクの認識が考慮される。
人の健康や環境の間題についての潜在的リスクに関する結論を支持する科学的根拠に重きを置いた、注意深い分析に基づいたものであること。
リスク管理の選択肢として、規制的方法と非規制的方法を全て検討した後になされたものであること。
次のような方法でリスクを減らしたり、除いたりするものであること。

　入手可能な最良の科学的、経済的、技術的な情報に基づいて決定を行う。
　複数発生源、複数環境媒体、複数化学物質及び複数リスクの関係を説明する。
　実施可能であり、費用に見合う便益を生み出す。
　リスクの削減よりも，未然防止を優先させる。
　可能な場合は、対応方法を指定した個別対応親制に対する代替策を用いる。
　政治的、社会的、法的、文化的側面について慎重に検討する。
　技術革新、評価、研究に対する誘導策を含める。

効果的、迅速かつ柔軟に、利害関係者の支持を得て実施できるものであること。
間題となっているリスクに対し重要なインパクトを与えることができるものであること。
分析に時間を費やすことによる停滞を避けつつも、新たに重要な情報が入手できた場合には更新・改定できるものであること。

（４）段階の実施での原則

　リスク管理の枠組みの各段階を実施する場合には、広範な前後関係の中でリスクを確認し、利害関係を関与させ、必要に応じで各段階のプロセスまたは、その一部を更新することが前提となるため、リスク管理の枠組みの各段階は三つの重要な原則に基づくべきである。

①　より広範囲で包括的関係の下で現実的に捉えること

　一つの環境媒体における一つの化学物質に関係している一つのリスクを調査する代わりに、新たな枠組みでは、健康と環境問題をより現実的な関係のなかで捉える。一連の関係のなかで問題を評価することは、例えば、特定の化学物質または化学物質の曝露について異なる発生源を評価したり、特定のリスクに影響を与えたり新たなリスクを付け加えたりしうる化学物質について検討したり、他のよく似たリスクを評価したり、問題となっている健康影響に対して異なる暴露がどの程度影響しているかについて評価したりすることを意味する。問題を包括的な関係のもとで考えることの目的は、個々のリスク管理の措置が人の健康または環境に与えると思われる影響を明らかにし、リスク管理のための措置や財源を全体として最も良い方向に向けることにある。

②　新しい知見を織り込む更新-学習的な運営

　価値のある情報や見通しは、リスク管理プロセスのどんな段階でも現れることがある。リスク管理の枠組みの後の段階での新しい発見が、それ以前になされた検討や決定に相当重要な影響を及ぼすと考えられるときには、この枠組みの一部を更新し、リスク管理者や利害関係者がそのプロセスのはじめの段階に立ち戻ることが柔軟に行えるように枠組み自体が作られている。

③　利書関係者の参加

　利害関係者(リスク管理の問題に関係がある者や影響を受ける者)を参加させることは、情報公開のもとで、その影響を受ける人々の見解を引き出し、様々な技術的評価・公益・知識・認識が考慮され、そのうえで適切かつ費用効果の良いリスク管理の意思決定を行い、適切に実施するのに決定的に重要である。リスクの性質やその重要性については多くの対立した解釈があるため、リスク管理にあたっては、利害関係者との共同作業がとりわけ必要である。利害関係者が関与したリスク管理の決定は、より効果的で長続きすることが、これまでの経験で次第に明らかになっている。この理由のために、この新しい枠組みでは、リスク管理プロセスのすべての段階で、利害関係者を適切にかつ実施できる範囲で参加させることが求められている。

（５）利害関係者を関与させることの利点

リスク管理の全体にわたって利害関係者を関与させることには、次のような利点がある。

　民主的な意思決定を支援する。
　公益が確実に考慮される。
　よりよい意思決定のために必要な理解を深める。
　意思決定の基礎となる知見の改善につながる。
　意思決定にかかる全時間と全費用の節約を可能にする。
　リスク管理を担当する機関に対する信頼性を改善するかもしれない。
　より受け入れやすく、より容易に実行可能なリスク管理の意思決定を生み出す。

補遺2 米国レギュラトリー・システムの構造改革

A2.1. 概要

A2.2. 改革の基本原則

A2.3. 「リスク評価・リスク管理に関する大統領・議会諮問委員会」の報告書