GMOに対する一般市民の認知に関する10の神話

　調査方法は、一般市民の認知（perceptions）についてはフォーカスグループの手法を用い、利害関係者（バイオテクノロジー・種子企業、食品メーカー、食品販売企業、政治家、行政、審議会メンバー、科学研究者、環境NGO、消費者NGO、農民組合）についてはインタヴュー、参与観察、文書分析が用いられた。報告書の全文は、PABEプロジェクトのホームページからダウンロードできる。

　この調査によって明らかになったのは、GM論争の利害関係者たちは、GMO（遺伝子組み換え生物）に対する一般市民の反応を誤解しており、それが現在のGM論争の行き詰まりの原因の一つになっているということである。

　政府や規制機関、科学的研究機関、企業などGMOに関する公的・民間的な意思決定に直接的な影響力を及ぼす政策アクターによるGMOに対する一般市民の認知の特徴づけは、典型的に二つのパターンで枠付けられている。一つは、一般市民の「知識の欠如」というものであり、一般市民の教育を振興する政策に結びついている。もう一つは、一般市民が抱く「科学外的（non-scientific）」な「倫理的」懸念というもので、倫理問題の専門家やGMOの社会的受容（social acceptance）に関するコンサルティングの専門家を登用するということにつながっている。PABEの報告書では、このような支配的な一般市民像とそこから導かれる政策は、一般市民の懸念の本質の全体を理解しておらず、その懸念を形づくっている社会的・文化的・制度的要因についても認識していないということが論じられている。事実はもっと複雑であり、「真のリスク」と「認知されたリスク」、「リスク」に関する懸念と「倫理的」懸念、「科学的」懸念と「科学外的」懸念といった、しばしば見られる区別は、あいまいなものになっているのである。

1. 支配的な一般市民像

　利害関係者に関するPABEの分析（インタヴュー、参与観察、文書分析）によって、彼らが一般市民に対して抱いている特別の非常に支配的な見方が明らかになった。その主要な特徴は、下の表1にまとめてある。これらの見方は、特に、政府や規制機関、科学的研究機関、企業（とくにバイオテクノロジー企業）にいる多くの利害関係者の言説に頻繁に登場したものである。彼らは、GMOに関する公的・民間的な意思決定に直接的な影響力をもっている重要な政策アクターである。また彼らは、ある程度まで、GMOやそれに関連する公的・民間的な政策決定の推進者としても特徴づけられる。しかしながら、非常に似通った一般市民像は、反GMO運動に関わっている組織（環境NGO、消費者NGO、農民組合）の代表者にも見られたことは強調されなければならない。

表1 　GMOに対する一般市民の反応に関する利害関係者*たちの10の神話

神話1	根本的な問題は、一般市民が科学的事実に無知であるということである。
神話2	人々は、GMOに対して「賛成」か「反対」かのどちらかである。
神話3	消費者は医療用のGMOは受け入れているが、食品・農業に利用されるGMOは拒絶している。
神話4	欧州の消費者は、貧しい第三世界に対して利己的に振る舞っている。
神話5	消費者は、選択の権利を行使するために遺伝子組換え表示を欲している。
神話6	一般市民は、誤って、GMOは不自然なものだと考えている。
神話7	市民が規制機関を信用しなくなってしまったのは、BSE（狂牛病）危機の失策が原因である。
神話8	一般市民は「ゼロリスク」を要求しているが、これは不合理である。
神話9	GMOに対する一般市民の反対は、倫理的または政治的な、「他の」要因によるものである。
神話10	一般市民は、事実を歪曲する扇情主義的なメディアの従順な犠牲者である。

* 利害関係者 = バイオテクノロジー・種子企業、食品メーカー、食品販売企業、政治家、行政、審議会メンバー、科学研究者、環境NGO、消費者NGO、農民組合。「10の神話」では、特に規制当局など政府機関、科学研究機関、バイオテクノロジー企業を指す。

2. 客観的リスクと主観的リスク

　支配的な一般市民像と10個の神話は、一つの基本的な参照枠に基づいている。つまり、（a）科学の専門家によって―合理的に―評価されると考えられている「客観的リスク」と（b）一般市民によって―主観的かつ不合理に―認知されると考えられている「主観的リスク」という区別の想定である。

　一般市民の不合理な思考と行動という仮定を例証するために、たくさんの逸話が利害関係者の間で出回っている。たとえば彼らは、社会に新しい技術が導入されるたびに、一般市民は最初は抵抗するが、やがて適応し、利用するようになるという見方を主張する（共通に用いられる例は、電車、自動車、飛行機、ワクチンである）。利害関係者たちの間でそのような逸話が利用される仕方は、常に同じである。つまりその目的は、一般市民の最初の反応は無根拠であることが判明し、したがって彼らの（不合理な）過剰反応はやがて自然に消え失せるということを示すことなのである。しかしながらこのような歴史上の出来事の構築は、問題となっている技術が、受け入れられるようになる前に、規制や技術革新を通じて変更されているという事実を捕えそこなっている（例：自動車の運転と製造に関する広範囲の規制）。さらにそれらは、一般市民によって提起された元々のリスクに対する懸念の多くは、実際に現実のものになっているという事実も見損なっている（自動車による歩行者の死亡事故、飛行機事故、チェルノブイリ原発事故、ワクチン投与による健康被害など）し、それほど十分に懸念されていなかった悪影響が現実化したことも忘れている（環境に対する自動車の悪影響）。それらの逸話のなかで言及される一般市民の懸念が結局のところ現実化してしまうもう一つの仕方は、たとえ十分に分節化されていなかったとしても、一般市民は、たとえば自動車のような技術は、社会を根本から変えてしまうことを予期するというものだ。たとえば、自動車の登場は些細な出来事でもないし、その影響も死亡者推計のみをもとに理解されたり評価されうるものでもない。それは、われわれの都市の形や日々の仕事の形を作り、生活のペースを加速し、かつては考えられなかったような活動や生活様式を可能にしたのである。

　利害関係者が語る逸話は、体系的に同じ筋書きをたどり、それを通じて、一般の人々が懸念するような事柄は完全に周辺化されてしまう。われわれが彼らの一般市民像を「神話」だと呼ぶ理由の一つはここにある。それは、特定の共有された世界観を構築し、子供たち（ここでの場合には仲間の利害関係者たち）を怖がらせたり対応戦略（ここでの場合は不合理な大衆の反応に対するもの）を与えたりすることによって、彼らが外界に直面する準備をさせるという子供向けのおとぎ話と似ているのである。

　利害関係者が用いる第二の逸話は、人々は、ある領域では、日常的に非常に高いリスク（死亡率で定義されたもの）を受け入れているが、他のケースの非常に小さなリスクには断固として反対するという事実を参照するものだ。たとえば「喫煙や登山をする人々は非常の大きなリスクを受け入れているのに、同じ人々がGMOのはるかに小さなリスクを懸念しているのだ！」というわけだ（他にも、原子力やBSE、ダイオキシンなど）。それゆえ利害関係者たちは「リスク比較」をよく持ち出す（例：「GM食品を食べるよりも、毎日仕事に自動車で行くことのほうがはるかに危険である！」）。これらの例の背後にある含意は、ほとんど常に同じである。つまり、一般市民の行動は矛盾しており、そのことが、信頼できる科学的基礎に基づいた合理的で冷静なリスク管理を行うことに対する打ち勝ちがたい障壁になっているということである。そのように考える利害関係者たちはしばしば、「客観的リスク尺度」を用いることを訴えて、一般市民に対するリスクコミュニケーションを改善しようとする。このような解釈は、一般市民は、専門家によって定義されたリスクは、GMOや原子力発電所、BSE、ダイオキシンなどよりも喫煙や自動車の運転、登山の方がすっと高いことに気がついていないという利害関係者たちの信念に根ざしている。しかしながら、Paul Slovicの独創的な研究^（1）に始まる膨大な研究群が証明しているように、死亡率に限定して尋ねられたときには、一般市民の推計は、特にさまざまな技術や活動の相対的なリスクの大きさの「順位」については専門家とそれほど違わないのである。たとえばそれらの研究が繰り返し示しているのは、自動車を運転したりタバコを吸う一般市民は、それによって死ぬリスクを完全に意識しているということだ。場合によってはこの事実は、利害関係者たちの言説でも認められているが、たいていそれは、素人は、主体的に選び、直接的な便益を得ている行動の場合には高いリスクも受け入れるということを強調するためである。そしてそれもまた、一般人の行動を不合理なものとして描くためなのである。

　利害関係者によるこのような客観的リスクと主観的リスクの対比の構築と、それと関連した、認知されたリスクは主観的で首尾一貫しておらず、不合理で変わりやすく、予想できないものであるという信念は、数多くの社会学者によって観察され記述され批判されてきた。しかしながらわれわれの利害関係者の分析は、このような一般市民のリスク認知についての考え方が、これまでの批判にもかかわらず、どの程度、ある特定の集団の中で未だに根強いものであるかを示すものである。さらにPABEの研究によってわれわれは、どのようにして、このより一般的な神話が、GMOに対する一般市民の対応という文脈のなかでのより特殊な神話へと翻訳されているのかを見ることができる。

（1） Slovic, P. （2000） The Perception of Risk. Earthscan, London; Slovic, P., Fischhoff, B., Lichtenstein, S. （1979） Rating the risks. Environment, 21（3）:14-20 and 36-39. [訳注：ちなみにスロビックの有名な論文"Perception of Risk" (Science, vol.236, pp.28-285, 1987)の最も重要な論点は、一般の人々と専門家では、リスク認知の枠組み自体が大きく異なっている――専門家はリスクをもっぱら年間死亡率で定義するのに対し、市民は他の様々な尺度を用いている――ということにある。スロビックのこの論文は、原子力やGMOの専門家たちが一般向けにリスクを語る際には必ずといってよいほど参照されるが、興味深いことにしばしばそれは、スロビックの主旨とはまったく異なる「専門家の正しい客観的リスク」と「素人の誤った主観的リスク」を対比するために持ち出されている。これは、原論文を読まず一種の伝言ゲームとして、この論文が誤用されているか、読んでいてもその主旨を完全に誤解するほどまでに、「客観的リスクvs主観的リスク」という専門家たちの枠組みが根強いことを示している。]

3. フォーカスグループの参加者たちの主要な疑問

　一般市民は、遺伝子操作や、GMOの研究開発、規制、商業化の進捗状況の科学的な詳細については概して無知であるが、そのような知識の欠如では、農業バイオテクノロジーに対する彼らの反応を説明することはできない。フォーカスグループの参加者たちが表明した懸念は、多くの場合、GMOに関する誤った信念に基づいてはいなかったのであり、実際、彼らが議論したのは、以下のように、GMOの科学的詳細についてのものとは異なる種類の問題であった。

なぜわれわれはGMOを必要とするのか？その便益は何か？
GMOを利用することで利益を得るのは誰なのか？
GMOの開発を行うべきだと決定したのは誰か、またどのようにしてか？
GMOが市場に出回る前に、どうしてわれわれは、その食品への利用についてもっとより良い情報を与えられなかったのか？
どうしてわれわれは、GM製品を買うか買わないかの選択についてもっと効果的な手段を与えられていないのか？
規制当局は、GM製品の開発を行いたい大企業を効果的に規制するのに十分な権力と能力を持っているのか？
規制当局が課しているコントロールは、有効に適用されているのか？
リスクは真剣に評価されているのか？それは誰によってどのようにしてか？
長期的な潜在的影響は評価されているのか、それはどのようにしてか？
解消できない不確実性や未知の事柄は、意思決定のなかでどのように考慮されているのか？
予見されない有害な影響が生じた場合の救済策としてどんなプランが立てられているのか？
予見されなかった被害が生じたときには誰が責任を負うのか、どうやって責任を取るのか？

要するに、参加者たちのGMOの認知は、利害関係者たちが考えるような主観的・感情的な反応ではなく、経験的な知識に基づいている。しかしその知識の種類は、科学者やGMOの推進者たちが考えるようなものとは非常に異なっている。科学者や政策立案者は、GMOについて合理的な意見を形成するためには、一般市民が遺伝子組換え技術についての専門知識をもつ必要があると考えがちである。しかしながら、GMOに関する自分たちの議論をサポートするためにフォーカスグループの参加者たちが用いたのは、次の三種類の知識であった。

4. 利害関係者の神話とPABEの発見

神話1：根本的な問題は、一般市民が科学的事実に無知であるということである

　この神話によれば、論争の一方には事実があり他方には感情がある。合理的な事実は科学的な証拠と論証に基づいており、われわれの最良の知識に照らせばGMOは安全である。したがって、GMOに反対する人々は不合理であり、もっとよく科学を理解しさえすればGMOを受け入れるはずだと考えられている。また、GMOに対する反対は、無知だけでなく、SF小説や扇情主義的なメディア、第2次世界大戦のドイツのような優生学にまつわる不幸な歴史的事件の記憶によって培われた間違った信念にも基づいていると考えられている。

この見方を裏付けるために、特に「人口の70%が、普通のトマトには遺伝子が含まれておらず、遺伝子組み換えトマトには含まれている」と考えているというユーロバロメーター（一般市民の科学･技術に関する理解度を調べる欧州委員会の調査）の調査結果がしばしば参照されている。

　このような調査結果が援用されるのは、「普通のトマトは遺伝子を含んでいるかどうか」といった科学クイズによってテストされるような種類の知識が、GMOに関する合理的な意見の形成にとって本質的であり、その種の知識に関する無知が、GMOに対する一般市民の反対論を生み出し、落ち着いた対話を不可能にしている原因であると利害関係者が考えているからである。

PABEの発見

　確かに、遺伝子組み換えについての理解は、個人や国によって違いはあるものの、しばしば限定的なものである。特に、フォーカスグループの参加者たちには、伝統的な育種（品種改良）法と組換えDNA技術の技術的な違いがよく分らないという傾向があった。しかしフォーカスグループの分析結果は、このような無知が対話の障害であり、GMOに対する一般市民の反対の主要な原因だとする利害関係者たちの見方を揺さぶるものであった。

したがって、たとえ魔法の杖を使って一夜にして、全ての市民が、どんなトマトも遺伝子を含んでいることを知っているような世の中にしたとしても、PABEが明らかにしたGMOの利用に関する参加者たちの基本的な疑問（表2参照）は答えられぬままに留まり、論争がなくなることはありそうにない。実際、GMOについて知れば知るほど人々はより懐疑的になったり、賛否両論に分極したりするという証拠がある^（2）。

（2） Martin, S. and Tait, J. （1992） "Attitudes of selected public groups in the UK to biotechnology". In J. Durant （Ed.）, Biotechnology in Public: a Review of Recent Research. Science Museum, London, pp. 28-41; Gaskell, G., Bauer, M., Durant, J. （1998） "Public perceptions of biotechnology in 1996: Eurobarometer 46.1". In J. Durant, J., M. Bauer and G. Gaskell （Eds.）, Biotechnology in the Public Sphere: a European Sourcebook. Science Museum, London, pp. 189-214.

神話2：　人々は、GMOに対して「賛成」か「反対」かのどちらかである。

　この神話によれば、一般市民はGMOを受け入れているか拒絶しているかのどちらかであり、ほとんどの欧州人は次第に拒絶の側に回っている。そのようなはっきりとした意見をもっていない人々は、しばしば「未決定の人々」と見なされるか、「込み入った論争」を理解したり賛否どちらかに立場を決めることができない人々と見なされたり、この主題について関心を持つ努力を払っていない人々と見なされている。

PABEの発見

　全体的に見て、フォーカスグループの参加者たちは、どちらかといえば曖昧な態度を示しており、同じ参加者が場合によって賛成に回ることも反対に回ることもあった。彼らは手放しでGMOを拒絶したり受け入れたりしてはいなかったのであり、実に洗練された仕方で、さまざまな種類のGMOを区別していたし、それは医療用GMOか農業用GMOかという単純な区別でもなかったのである。参加者はGMOの賛否の両論を議論し、それらの論のなかの矛盾に気が付いていた。重要な発見は、参加者は、特定の技術としての遺伝子組み換えというよりは、むしろGMOが開発され評価され振興されてきた制度的な文脈に反応していたという事実である。

神話3：　消費者は医療用のGMOは受け入れているが、食品・農業用のGMOは拒絶している

　この神話によれば、人々は農業にGMOを利用するのは懸念するが、薬の生産や治療に利用することには無頓着である。しばしば科学者は、両者に使われているのは同じ組換えDNA技術であることから、この傾向を首尾一貫していないと考える。

　このような傾向の説明（しばしば社会科学者によるもの）は、人々は、直接的な個人的便益を与えてくれると考えられる場合にだけ、新しい製品や技術を受け入れるのだというものである。つまり、医療用のGMOには直接的な便益を見出すが、農業用のGMOには―少なくとも今のところ生産されているものには―いかなる個人的利益も消費者は見出していないというわけだ。このようにして、全ての問題が、消費者個人のレベルでの、リスクと便益のつりあいという単純な話に還元されてしまう。この論理に従えば、人々は医療用GMOにはこれから先も賛成しつづけ、またもしも「次世代」の農業用GMOが消費者に直接的な便益（栄養強化など）を与えてくれるならば、消費者はそれを受け入れ、またGMO全般に対する受け入れももっと増えるだろうということになる。

PABEの発見

　参加者たちは確かにGMOの食品への応用と医療への応用を区別していたし、概して、後者のほうをより進んで受け入れようとしいた。医療応用と結びついていると見なされた便益には、それに賛成するはっきりとした意見があった。しかし、意見はこれだけではないし、これが支配的なものでもなかった。

　むしろ参加者たちは、農業セクターと医療セクターとでは、消費者の選択の余地や、意思決定の透明性、情報に関して、非常に扱いが異なっていると感じていたのである。事実、薬は、典型的に医者との相談のうえに処方されるものであり、医者は処方の是非について説明し、患者はどんなものでも潜在的な副作用について詳しく説明した安全性の情報を提供される。さらにこの情報は、その薬を使うかどうかを自分で決められる特定の個人にも利用される。これに加えて参加者たちは、薬は商業化されるまでに厳しく試験され、承認後でさえもモニタリングされていることを知っていた。この文脈でしばしば積極的な例として引用されたのはサリドマイドであり、それは、ある製品の有害な影響が現れたときには、たとえ試験済みのものでも使用中止にすることができるという事実を示している例である。

　以上に加えて、支配的だったテーマは、薬は、人口全体のうち、きっちり正確な時期に決まった期間だけそれを必要とする少数の特定の人々に処方されるということだった。これが、幼児や年配者、アレルギー持ちの人など影響を受けやすい人々も含めて、全員が食べなければならない食品の場合と対比されていたのである。

　また参加者たちは、医療用のGMOは微生物であり、隔離された環境で使われるのに対し、農業用は開放的環境で使われる点も考慮していた。したがって、推進者たちは、薬品を作るGM作物ならば消費者は快く受け入れるだろうと考えているが、必ずしもそうではないと考えられる。

神話4：　欧州の消費者は、貧しい第三世界に対して利己的に振る舞っている

　自分自身や自分の家族に対するGMOの（正または負の）影響だけを気にかけている個人主義的な消費者たちというイメージは、豊かな北側諸国の市民――あるいは少なくとも彼らを守るとしている諸団体――は「利己的」であると論ずるために広く利用されている。GMOの推進者によればその理由は、彼らがGMOを受け入れるのを拒否することによって、蔓延する飢餓や貧困と闘わなければならない開発途上国向けに農業バイオテクノロジーを開発し移転するのを妨げるからだという。その前提は、一般市民は、GMOが途上国の食糧生産を改善しうることに気がついていないというものだ。

PABEの発見

　ほとんどの参加者は、途上国の飢餓と貧困を和らげるためにGMOを使うというアイデアを手放しで拒絶してはいなかったし、そのような目的は素晴らしいものだと感じていた。しかしながら彼らは、そのような研究がどの程度まで実際になされるのかどうか、その成果が実際に利用されるのかどうかについて大変懐疑的であった。そのアイデアに対する否定的な反応は、そのアイデアは、自らはそうしたタイプのGMOを開発するつもりの無いバイオテクノロジー企業の策略的な市場戦略だと考えられていたことによるものであった。

神話5：消費者は、選択の権利を行使するために遺伝子組換え表示を欲している

　「個人主義的な消費者」というイメージは、遺伝子組換え表示に関する言説や政策とも関係している。政策関係者によれば消費者は、GM食品を買うか買わないかの選択の権利を行使するために表示を欲しているのだという。政策立案者は一般に、自身の健康への悪影響を懸念し、自分の身を自ら守りたいと考える消費者はいなくならないこと、また消費者のなかには倫理的な理由（とくに菜食主義や、宗教上の禁忌）からGM食品を拒否するものがいることを考慮すれば、このような態度は正統なものだと考えている。

PABEの発見

　消費者が表示を望んでいるのは確かだが、PABEの参加者の間では、その理由は選択の権利の行使や自らの健康保護だけではなかった。たとえば、健康以外の面でのGMOの問題点も考慮したボイコット運動を行い、企業や諸機関に自分たちのメッセージを伝えるためにも表示は必要であるし、市場化後の影響のモニタリングや万が一被害が生じたときの対策を講じるためにも表示は必要だと考えられていたのである。

神話6：　一般市民は、誤って、GMOは不自然なものだと考えている

　この神話によれば一般市民は、遺伝子組換えは「不自然」であるがゆえにGMOに懸念を抱くのだという。彼らは、1万年も昔から人間は、育種によって作物や家畜の遺伝的組成を操作してきたことに気づいていないというのである。

PABEの発見

　確かにフォーカスグループの参加者たちによって頻繁にGMOは「不自然」にものだと特徴づけられていた。彼らは、ゲノムに直接手を加えることは、これまで使われてきたどんな技術とも質的に違うという感覚を持っていた。彼らに共通していたのは、以前は、既に存在していた生き物同士を交配させていただけだったのに対し、今は、遺伝子組み換えをしなければ存在しなかったような新しい生物も作り出しているという視点である。たとえば、遺伝工学の技術は「自然をその限界の向こう側に押し出すもの」だと描かれ、「自然の均衡を脅かすもの」だと考えられていた。これは、科学者たちは自分たちが何をしているかを十分に知らないし理解もしておらず、その行動が長い時間を経てどんな影響を生態系や人間の健康、社会的諸関係に対して及ぼすかを予見することはできないという考え方と結びついていた。参加者たちが「神を演ずる」ということを口にしたのは、この意味でであり、GMOの創造や管理に携わっている人々は（解き方を知らない魔法をかけてしまった）「魔法使いの弟子」として描かれていたのである。

　さらに、一般的な信念に反して、「不自然さ」ということも含めて、GMOについて寄せられた懸念の多くは、殺虫剤や動物性動物飼料（肉骨粉など）、抗生物質配合飼料の利用のような他の農業イノベーションとの関連で表明されていた。参加者たちは、それらの開発は、健康や環境に対する配慮を度外視した、生産性の増大を求めるニーズや欲求によって駆動されたものであり、画一的で味のない食べ物をもたらしていると感じていた。GMOは、そうした生産性至上主義的な現代農業全体の流れが行き着いた果ての産物だと考えられていたのである。これに対し、有機農業の理念は、そのような流れに反対し方向転換をすることだと考えられていた。

神話7：市民が規制機関を信用しなくなってしまったのは、BSE（狂牛病）危機の失策が原因である

　この神話によれば、GMOに対する敵意に満ちた反応は、欧州で起き、現在進行形のものもある一連の不幸な食品スキャンダルのせいである。人々は「過敏」になってしまい、食品のリスクについてのどんな話にも、たとえそれが小さなリスクであっても、不釣合いで不合理な仕方で反応してしまう。この神話の極端なバージョンでは、人々は誤ってBSEとGMOをないまぜにしていると論じられる。彼らは、両者の間にはいかなるつながりもなく、それはプリオンはDNAを持たないからだということを理解するのに十分なほど科学を理解していないからだというのである。

PABEの発見

　フォーカスグループの参加者たちは確かにGMOを他の「事件」―最も顕著なのはBSE―に結び付けていたが、コカコーラの汚染、動物飼料中のダイオキシン、殺虫剤の使用のような食品関連のスキャンダルも頻繁に引用されていた。そして、そのような「事件」の間での連想は、それらに関わる生物学的プロセスに関する混同ではなく、むしろ関連する諸制度との日常的な対面に基づいていたのである。人間の誤りやすさに関する自分自身の個人的な経験や、これまでの諸制度・諸機関の失敗から、規制当局においても、退廃や不正、力不足は何ら特別なことではないと感じ、またBSEなど過去の失敗から何も学んでおらずGMOでも同じことが繰り返されていると感じているのである。

神話8：　一般市民は「ゼロリスク」を要求しているが、これは不合理である

　この神話によれば人々は、誰もが日々の営みの中でリスクに直面していることを考えれば現実的ではない「ゼロリスク」を求めている。もしも過去にゼロリスクの政策をとっていたとすれば、蒸気機関や電気、自動車などのテクノロジーは開発されなかっただろうと政策立案者やGMO推進者たちはいう。他方、反GMOロビィストはしばしばそうした「ゼロリスク」を要求し、予防原則を「リスクについて少しでも疑いや不確実性がある場合には、新しい製品の使用を許可すべきではない」と解釈している（たとえばグリーンピースのキャンペーン資料）。

PABEの発見

　フォーカスグループの参加者たちは決して「ゼロリスク」など求めてはいなかった。彼らは、自分たちの人生がリスクに満ちており、リスク同士、あるいはリスクと便益とのあいだで釣り合いをとらねばならないということを完全に分かっていた。彼らが求めていたのは、規制当局やGMO開発者が、本質的で避けられない不確実性――参加者たちはそれを当り前のものと考えていた――を認め、意思決定のなかで考慮すべきだということだった。彼らは、多種多様な地理的条件のもとでのGMOと複雑な生態系との相互作用は、実験室での研究からは十分には予測できず、その点で科学には自ずと限界があると考えていた。また、たとえ数年にわたった研究に基づいた悪影響のテストであっても、もっと長期の影響に関してはあまりに短すぎると考えられていた。しばしば表明されたのは、「明らかにほんのわずかしか知らないことについて、どうして専門家たちは十分に知っていると主張できるのだろうか」という疑念であった。また参加者たちは、規制担当者やGMO開発者が、予見できない悪影響の発生をモニタリングしたり、悪影響が生じたときに原状回復する方策を意思決定の中で考慮していないように見えた例を過去の経験から引き出していた。彼らにとって「リスクは何もない」というような専門家の主張は、当惑させるものであり、傲慢で不誠実で、信頼できないものなのであり、専門家に対する懐疑は、リスクや不確実性があるということ――それは参加者たちにとって当り前のことであった――でも、専門家たちがゼロリスクを達成できないということでもなく、彼らが不確実性の存在を軽視したり否定したりする態度によるものなのである。

　また参加者たちは、不確実性は避けられないという現実を考えれば、長期的には予見せざる影響がありうると考えていたため、技術開発を進める理由が善いものであることを要求していた。彼らは絶えず「一体何のために開発しているのか」「どんな必要性があるのか」「その目的は何なのか」という疑問に立ち戻っていたが、それは彼らが、想定されているその技術の目的が、自分たちを不確実性に曝すのに十分なほど重要なものかどうかを吟味する手段を求めていることを示している。これは、潜在的な長期的影響が社会にとっても環境にとっても不可逆的で重大なものである場合には特に重要であり、参加者たちにとってGMOはそのカテゴリーに入るものであった。要するに彼らにとってGMOの評価で重要だったのは、リスクと便益の釣り合いではなく、不確実性と必要性・目的との釣り合いだったのである^*(訳注)。

*(訳注) PABEの報告書では触れられていないが、GMOなど不確実性の大きな技術の評価では、不確実性と「責任」のつりあいも重要だと考えられる。つまり、表2の「フォーカスグループの参加者たちの主要な疑問」にもあるような「万が一何か被害が生じたときには誰がどんな責任を取るのか？」や、「そもそもそれは誰かが責任を取りきれるものなのか？」という結果責任（liability）や、そのような被害が生じないように、開発者や規制当局がきちんとリスクを調べ管理する遂行責任とその能力の問題である。技術に対する一般市民の評価が否定的になる理由には、このような責任問題について、これまで開発者や規制当局がきちんと対応してこなかったし、また過去の失敗から学んでもいないように見えるということも含まれていると考えられる。

神話9： GMOに対する一般市民の反対は、倫理的または政治的な「他の」要因によるものである

　概して政策立案者や、一般市民の認知に関する社会科学的研究のスポンサーたちは、市民の認知の対象はリスクであり、さらにそれは科学の専門家とリスク規制によって定義されたものだと考えがちである。しかしながら、このアプローチではうまく行かないように見えると、政策立案者と科学者たちは別のモードに移る。つまり、一般市民の反対は、リスクに関するものではなく、「政治的、倫理的、社会経済的な」としばしば表現される「他の要因」によるものだと考えるのである。GMOに対する市民の反対は、「他の」科学外の、非リスク的な要因によるものだというこの考え方は、欧州連合レベルの政策言説にもみられる。

　この点についてインタヴューで尋ねられると、政策立案者たちは、（政治的・社会経済的要因よりはむしろ）倫理的な要因に焦点を当て、その際に主に持ち出される例は、生物の種や界の壁を越えることに関するものであった。このようにして、（フォーカスグループが提起したような）諸問題の全体が、このたった一つの考慮に体系的に縮減されてしまい、さらには宗教的な問題にまで還元されてしまうのである。

　反GMOの運動家たちも、しばしば倫理的・政治的・社会経済的な影響の重要性を協調しているが、彼らと政策立案者・科学者との違いは、後者がそれらの問題を、自分たちの守備範囲の外にある「他の要因」と見なしがちであるのに対し、前者は、それらこそ取り組むべき重要な問題だと見ている点にある。

　アクターの中には（とくにGMOの推進者）、反GMO運動家は、幅広い政治的な目的（反資本主義、反多国籍企業、反グローバリゼーション）を推し進めるためにGM論争を「利用」していると不平をもらす者たちがいる。これは、フランスのような国でより顕著であり、そこでは（農民連盟やATTACのようなNGOを通じて）反GMO運動はまさに反グローバリゼーションの社会運動と密接に結びついている。しかしGMOの推進者などのアクターは、このような問題は自分たちの守備範囲外であり、投票など既存の民主的手続きを通じて扱われるべき（あるいはこれまでも扱われてきた）だと考えている。この文脈で、バイオテクノロジー企業や他のGMO推進者たちは、企業とGMOだけが不当に取り上げられており、そのような批判はGMOのみに当てはまるものではないように見えるがゆえに応じられないとしばしば感じている。

　このような見方はインタヴュー調査でも明らかだったが、GMイベントでの参与観察でも示されたものだった。科学者や公共政策立案者、産業界が開いた会合では、政治的な性格をもつと考えられる広範囲の問題を提起した聴衆は、会合のオーガナイザーによって発言を中止され、そのような議論には「ここは相応しい場ではない」とたしなめられていたのである。

　PABEの調査結果に関していえば、次の二点が強調されなければならない。

PABEの発見

　フォーカスグループの参加者たちは確かに、科学者や政策立案者が定義するリスクには結びつかない広範な懸念や問題を提起していた。しかし全体的に、それら広範な問題は「科学外的」でもなければ知的に無内容で私的なものでもなかった。伝統的に「倫理的」または「政治的」と考えられてきたそれらの問題は、リスク評価や研究開発政策に関する考慮から簡単に切り離せるものではなかったのである。　種の壁を越えることに関する懸念が持ち上がったが、それは（熱心なカソリック信者の場合ですら）主要なものではなかった。しかもこの問題が提起されたとき、直ちに結び付けられていたのは、「これまで存在したことのない」新しい生物の振る舞いや影響をどうやって予測するのかという問題であった。

　さらには、道徳的・倫理的反論は、専門家の知識と助言によって形作られた公式の政策上の注意が、人々に最も関係のある問題次元そのものを排除しているというそのあり方にも向けられていた。特に顕著だったのは、リスクとリスク評価に関する科学的な問題設定（フレーミング）のあまりの狭さに対する否定的な判断であった。GMO開発の支持が、リスク評価（リスクを示す証拠は何もない）に基づいているとすれば、懸念のほうは、広範な問題が扱われていないという事実がもつ意味に向けられている。この判断は、科学的リスク評価や、それが無知や予測不可能性などの困難を否定するときの大げさな主張についての知的な判断に基づいているのである。

神話10：　一般市民は、事実を歪曲する扇情主義的なメディアの従順な犠牲者である

　政策関係者とGMO推進者の間で非常に支配的な神話は、一般市民は、事実を歪める扇情主義的なメディアに操作されているというものだ。この考えでは、一般の人々は無力で、メディアが伝える情報を、その内容や情報源について批判的に吟味する能力もなしに吸収する受動的な受信機のようなものとして考えられている。

　たとえばGM論争（および他の社会的・技術的論争）は、しばしば、ほとんど一方的にジャーナリストによって作られたものだとされる。この点でジャーナリストは、しばしば無責任だとされ、その理由は彼らが不必要に消費者を恐がらせ、重大な経済的損失をもたらしているからだという。さらに重要な利害関係者たち（特にGMの研究をしている科学者）の不満は、ジャーナリストは科学的事実を間違って伝え、より厳密な科学的情報源よりも反GMO運動家により多くの関心を払っているというものだ。そのため科学者たちは、メディア報道の中の科学的誤りを見つけ出し告発するための「メディア監視所」を設立しようと提案している。この立場が依っているのは、ジャーナリストの役割とは、科学者から大衆に科学的情報を伝達（通俗化）することだという信念である。

PABEの発見

一般市民の考え方の重要な決定要因としてのメディアの役割に関する多くの利害関係者の固定観念は、受動的で知的には空っぽな大衆、メディアの言説を書き込まれるだけの単なるタブラ・ラサ（白紙）としての大衆というものを想定している。PABEのフォーカスグループはメディアのメッセージの一般市民の受け止め方を探るものではなかったが、その結果は、一般市民は実際には、マスメディアやその他のメディアの情報についての解釈や判断を積極的に行っているということを示している。したがって、一般市民を、メディアの情報を吸収するだけの犠牲者として考えることはできないのである。

GMOに対する一般市民の認知に関する10の神話

PABE（Public Perceptions of Agricultural Biotechnologies in Europe）（欧州における農業バイオテクノロジーに関する一般市民の認知）最終報告書より抜粋要約

1. 支配的な一般市民像

2. 客観的リスクと主観的リスク

3. フォーカスグループの参加者たちの主要な疑問

4. 利害関係者の神話とPABEの発見

神話1： 根本的な問題は、一般市民が科学的事実に無知であるということである

PABEの発見

神話2： 人々は、GMOに対して「賛成」か「反対」かのどちらかである。

PABEの発見

神話3： 消費者は医療用のGMOは受け入れているが、食品・農業用のGMOは拒絶している

PABEの発見

神話4： 欧州の消費者は、貧しい第三世界に対して利己的に振る舞っている

PABEの発見

神話5： 消費者は、選択の権利を行使するために遺伝子組換え表示を欲している

PABEの発見

神話6： 一般市民は、誤って、GMOは不自然なものだと考えている

PABEの発見

神話7：市民が規制機関を信用しなくなってしまったのは、BSE（狂牛病）危機の失策が原因である

PABEの発見

神話8： 一般市民は「ゼロリスク」を要求しているが、これは不合理である

PABEの発見

神話9： GMOに対する一般市民の反対は、倫理的または政治的な「他の」要因によるものである

PABEの発見

神話10： 一般市民は、事実を歪曲する扇情主義的なメディアの従順な犠牲者である

PABEの発見

PABE（Public Perceptions of Agricultural Biotechnologies in Europe）
（欧州における農業バイオテクノロジーに関する一般市民の認知）
最終報告書より抜粋要約

神話1：根本的な問題は、一般市民が科学的事実に無知であるということである

神話2：　人々は、GMOに対して「賛成」か「反対」かのどちらかである。

神話3：　消費者は医療用のGMOは受け入れているが、食品・農業用のGMOは拒絶している

神話4：　欧州の消費者は、貧しい第三世界に対して利己的に振る舞っている

神話5：消費者は、選択の権利を行使するために遺伝子組換え表示を欲している

神話6：　一般市民は、誤って、GMOは不自然なものだと考えている

神話8：　一般市民は「ゼロリスク」を要求しているが、これは不合理である

神話10：　一般市民は、事実を歪曲する扇情主義的なメディアの従順な犠牲者である