Hokudai Symposium on Technoethics

北海道大学公開シンポジウム「テクノエシックスの現在」（2002年3月4日）
予稿原稿

サイエンスショップ---市民をエンパワーする専門性

平川秀幸　(京都女子大学現代社会学部)

1. 市民的自由のための科学・技術の専門性／置き去りにされた「市民」

　今日、科学・技術がもつ社会的な影響力はプラス面でもマイナス面でもとても大きくなっている。場合によっては、自分たちや他の人々の生活、他の生命を守り、望ましい未来を創造するために、専門家や行政、企業など関連する集団・組織に対して、科学技術の問題点を指摘し、中止も含めて、より良い方向に研究開発や利用が進められるように働きかけることも必要である。そのように科学技術の問題を公共的に論じあうための「公共空間」を創出し、そこに参与していくことは、今日の市民社会における基本的権利、「市民的自由」の一つだといえる。

　しかしながら、そのような市民的自由を行使することは、関連する科学・技術の専門職についているわけでも専門的訓練の経験があるわけでもない大多数の「一般市民」にとっては甚だ難しいことである。彼／彼女らと科学・技術の間には「専門性(expertise)」という大きな壁があるからだ。もちろん科学･技術の社会的問題を理解し、解決していくためには、人々がどのような技術や社会、生活のあり方を望むのか、その技術によって誰が利益を受け誰が不利益を被るのかなど、価値や利害、社会的公正さなどに関わるさまざまな考慮が必要であり、科学･技術の専門性だけで十分なわけではない。しかし、たとえば自分が住んでいる町のごみ処分場による汚染が懸念されるとき、その問題を公に提起し、行政その他の関連組織に働きかけていくためには、周辺の汚染濃度の測定や疫学調査による被害実態の把握などの科学的データの収集や、行政等のもっているデータとの比較や批判によって、不安を専門的な問題提起に置き換え、その地歩を科学的証拠によって固めていく作業が不可欠である。科学・技術に対する市民的自由の行使にとって専門性は無くてはならないものなのであり、その必要はますます高まっている。

　このような市民の必要に対して科学・技術の専門家たち、とくに大学の研究者たちは、これまでどう応えてきたのかと問えば、その答えは否定的なものにならざるをえないのが事実だろう。たとえば工学や応用科学の分野では、産業経済と深く結びつくことによって、経済的利益やさまざまな物品やサービスを生み出す一方で、公害や環境破壊に苦しみ、科学・技術のリスクにさらされた人々の不安に直接向き合い、サポートしていくことはほとんどない。近年、「大学の社会貢献」が強く求められ、大学の側もそれに応えるようになってきているが、その動きは基本的に技術移転機関(TLO)を通じての産業経済への貢献に終始しているのが現状だろう。他方、よりアカデミズム志向の強い基礎科学的な分野では、産業経済の利害から比較的離れている点で大学は、学問の自由のみならず市民的自由を守る制度でもあり得るはずだ。しかし研究のなかで取り上げられる問題のほとんどは、同分野の専門家共同体が重要だと認め、その分野の知識の増大に貢献しうるものに限られ、市井の人々が解決して欲しいと願う問題には無関心だったのではないだろうか。知識のための知識、自己拡大再生産のための科学研究である。市民は、産業化と内閉的なアカデミズムとの狭間に取り残されいるのだ。

2. 市民をエンパワーするサイエンスショップ

　このような窮状にある市民を、自らの専門性を以てサポートしエンパワーするものとして紹介したいのが、欧米で「サイエンスショップ(Science Shop)」と呼ばれる「市民科学」(Irwin, 1995; 高木, 1999)の活動である。それはどんな活動なのか。以下に述べていこう。

2.1 サイエンスショップの歴史と現在、基本哲学

　サイエンスショップの始まりは、産業科学とアカデミズム科学に独占された大学の研究・開発リソースと「学問の自由」を、無償もしくは低価で、とくに社会的に弱い立場に置かれた市民に広く開放しようとした70年代のオランダの学生運動にあり、80年代には国内の全大学に1ないし複数のサイエンスショップ(Wetenschapswinkels)が置かれるようになった。90年代になってからは高等教育と研究の商業化と大学運営における非民主化の進行、カリキュラム増強による学生の多忙化などの影響で閉鎖に追い込まれたり、産業界相手の技術移転機関(TLO)に改組されたところもあった。しかし、環境NGOや住民団体などクライアント・グループが抗議するなどの支援もあって、現在でも国内の事務総局のあるマーストリヒト大学をはじめとして、アムステルダム大学、ユトレヒト大学、グローニンゲン大学など11大学に計30のサイエンスショップがある。

　他方、米国には60年代以来、"Community-based Research (CBR)"と呼ばれるサイエンスショップと同様の活動があり、その拠点はCBRセンターと呼ばれ、その75%は大学に拠点を置き、残りはNGO/NPOが担っている(Gnaiger & Martin, 2001)。そのルーツは、先進国によるトップダウン的な開発の不利益を受けたインドなど途上国での民衆の抵抗運動や、米国内の公民権運動など人権意識の高まりを背景にした米国内の労働者集団の反公害・反労災運動にある(政策科学研究所, 2000)。マサチューセッツ州アマーストにあるロカ研究所が情報センターとなり、Community Research Networkを運営している。その報告書『米国のコミュニティ・ベースト・リサーチ』(Loka Institute, 1998)によれば、同研究所で把握しているCBRセンターの数は50箇所で、年間400～1,200件の案件を扱っている。

　国際的には現在、サイエンスショップまたはCBRを名乗る活動は、デンマーク、ドイツ、イギリス、フランス、オーストリア、カナダなど欧米諸国のほか、これらの協力のもと、アフリカ、マレーシアなど第三世界にも広がっている。韓国でも98年にチョンブク国立大学で韓国最初のサイエンスショップが同大学学長のイニシアティヴで置かれるようになった。ソウル国立大学でも学生を中心に設立の動きがある。

　また国際交流としては、毎年6月頃にロカ研究所が開いているコミュニティ・リサーチ・ネットワーク会議があるが、2001年1月には新たにベルギーのルーヴェン市で国際会議Living Knowledge: Building Partnership for Public Access to Researchが開かれている。これは、欧州委員会(EC)第5フレームワークから助成されたプロジェクトSCIPAS (Study and Conference on Improving Public Access to Science through Science Shops)の一環として、世界各地のサイエンスショップやCBRセンターの情報交換や相互協力、品質管理、スタッフの訓練、一般社会での認知度の向上のために、「国際サイエンスショップ・ネットワーク(ISSNET)」を立ち上げる目的で開かれたもので、オランダ、ドイツ、イギリス、デンマーク、オーストリア、フランスなど欧州各国、米国、カナダ、イスラエル、南アフリカ、日本(筆者)から100名余りが参加した。ISSNETをECの助成プロジェクトにすべく2001年夏にECに提出されたプロポーザルは残念ながら落選したが、2001年暮れにECが採択した『科学と社会の行動計画』(EC, 2001)には、欧州のサイエンスショップ・ネットワークを発展させることが盛り込まれている。また各国のサイエンスショップ／CBRセンターの実態調査に基づくSCIPASの7つの報告書がISSNETのウェブサイトで公開されている。最近には、ロカ研究所のウェブサイトでLiving Knowledge Databaseも立ち上がっている。

2.2 サイエンス・ショップの業務形態、クライアントとそのニーズ

　サイエンス・ショップは、わかりやすくいえば法律分野の法律相談所に相当する「科学相談所」のようなものであり、単なる情報提供ではなく、顧客が持ち込む問題に応じて研究調査を実施し、新しい知識を生み出し、顧客が直接それを自分たちの問題解決に役立てることを業務にしている。大学ベースのものでは、顧客の依頼に応じて(イ)スタッフ自身(学生や教員)が研究を実施するか、(ロ)研究実施者に適した他の学生や教員、研究者と顧客の仲介を行っている。学生たちはボランティアないし授業の単位獲得、卒業論文や学位論文の作成の一環として参加し、監督役の教員のもとで研究調査を実施する。彼らは、サイエンス・ショップのスタッフが関連する(科学的な)リサーチ・クエスチョンを定式化し、どの専門分野が必要かを確定した後で、学内新聞等に募集広告を出すことによって募られる。またサイエンスショップで請け負った課題を既存の科目のなかで扱ったり、その課題にあわせて新たに科目を作ることによって、教育カリキュラムのなかに組み込んでいる例も多い。たとえばグローニンゲン大学では、「化学・技術・社会」、「環境化学」、「産業技術革新と環境」、「修士課程コミュニティ・ベイスト・リサーチ」などが化学専攻者向けの選択科目になっている。またクライアントの組織に学生を派遣するインターンシップ制度を設けているところもある。また「参加型研究(participatory research)」といって、サイエンスショップのスタッフが媒介役となり、市民クライアントと専門家チームが共同で、クライアントのニーズにあった研究調査や技術開発を行うケースも多い(Mulder et al, 2001)。

　他方サイエンス・ショップに来るクライアントの内訳は、環境保護団体、労働組合、老年者介護団体、児童養育団体、障害者団体、患者団体とその支援グループ、地域住民団体、そして個人である(Farkas, 1999)。また、デンマーク工科大学サイエンス・ショップのJorgensenによれば、クライアントのニーズは、主に表1の3種類に分けられる(Jorgensen, 2001)。

**表1 サイエンスショップのクライアントのニーズ**
証拠固め	市民グループは、自分たちが抱えている問題に政府当局や企業の目を向けさせるために、問題に関する証拠固めや、政府・企業の専門的見解に対抗する「対抗的専門知識(counter-expertise)」を求める。
知識の増進	市民グループは、未来の形成に参画するために、産業や地域社会における技術や公共政策の現状を変革できるような知識を求める。
視野の変革	市民グループは、社会や自然環境を改善する努力を支えるために、問題の発生を防ぐような予防的解決を見出すための助けを求める。

2.3. サイエンス･ショップのメリット

　このような顧客のニーズに応じてサイエンス・ショップでは、先の(イ)または(ロ)のかたちで研究サービスを提供するわけだが、そのメリットとしてJorgensenは次の5点を挙げている。

幅広い専門分野の科学研究を利用できるようにすることによって、市民グループがより効果的に民主的議論に参画し、力強い市民社会を形成するのを助けられる。
顧客の需要に応じて研究を行うため、社会で実際に使われる研究成果を生み出せる。
学生は社会的に重要な実践に取り組むことで貴重な技能を身につけられ、教員は、社会的に重要で、学際的なアプローチを必要とするテーマを扱うことによって、大学の教育課程や研究を発展させられる。
市民グループを、直接的かつ実践的に科学の可能性と限界に直面させることによって、科学に対する理解を増進できる。
多くの研究は学生の教育課程の一環として実施されるため、低価でサービスを提供できる。

他にも大学には、下表のようなメリットがある(Gnaiger & Martin, 2001; Hende & Jorgensen, 2001)。

**表2　サイエンスショップが大学に与えるメリット**
学生	自分の学術知識を実際の生活状況に適用できる。学術的能力とともに重要なスキルを身につけ、自信と自尊心を得られる。地域コミュニティでの実践的行動を通じて、生涯にわたる学習のための個人的なスキルや戦略を開発できる。新しい職業の機会や選択肢を創出できる。自分の教育歴のなかで重要な要素となる経験ができる。大学外の人々との協同作業は、自分の研究に新しく興味深い視野をつけ加える。
教員研究者	サイエンスショップを通じて社会のニーズが研究課題に定式化・翻訳されることによって、科学者に新しい課題をもたらすことができる。大学の教育カリキュラムや研究プログラムで、新しい社会的問題を学際的に取り上げることを通じて、研究者が社会の変化から学ぶことができる。大学の通常の活動にサイエンスショップの主題を組み込むことによって、サイエンスショップが研究・教育の内容に影響を及ぼすことができる。
大学全体	サイエンスショップと協力することによって大学は、社会と結びつき、研究や教育を社会にとって創造的なものになるよう改善できるメリットを得られる。社会集団のための研究を提供することによって、社会発展に対する責任を果たすことができる。この事業の実際的な重要性は、大学の社会からの評価を高め、新しい研究・教育財源を得る機会を作り出す。

おわりに：「実践としてのテクノエシックス」としてのサイエンスショップ

　以上、簡単ながらサイエンスショップについて紹介してきた。しばしば「テクノエシックス」というと、工学教育を通じて、技術者・工学者本人が、その日常的業務の中で遭遇する困難な意思決定をサポートし、社会福祉や公正に寄与するのを助けるリソースの提供という面が強いように思われる。サイエンスショップは、その実践を通じて、より直接的に社会に貢献するための活動であり、「実践としてのテクノエシックス」ということができるだろう。

　日本でも、このような活動は都市工学の分野などでは、住民参加の促進と相まってすでに行われているが、理学や工学の他分野ではまだまだ行われていないのが現状だろう。60-70年代の学生運動時代には、オランダと同様の動機付けからサイエンスショップ的活動が行われたようだが、今も組織的に、とくに大学のカリキュラムとも連動するかたちで続いているのは皆無に等しいだろう。しかし、その一方でサイエンスショップ的な市民の専門的支援は、ますます重要なものとなっており、今後の展開が強く期待される。とくに工学系の場合には、より地域の住民のニーズに適した機械や技術サービスを住民と共に開発したり、環境調査・モニタリングに必要な市民用の安価な機材を開発するなどといった「もの作り」を通じての貢献もある。実践としてのテクノエシックス、「大学の社会貢献」の一つの形として、技術者・工学者や工学学生ならではのサイエンスショップ(テクノショップ)が、今後日本で広まり、大学教育にも定着することを強く望みたい。

参照文献

EC [Commission of the European Communities]. 2001. Science and Society Action Plan, EC, Brussels, 04.12.2001, COM(2001) 714 final.

Farkas, Nicole. 1999. "Dutch Science Shop: Matching Community Needs with University R&D", Science Studies, Vol. 12 (1999), No.2, 33-47.

Gnaiger, Andrea and Eileen Martin. 2001. Science Shops: Operational Options, SCIPAS report nr.1, Science Shop for Biology, Utrecht University, July 2001 (European Commission financed project SCIPAS - HPV1-CT-1999-00001).

Hende, Merete and Michael S. Jorgensen. 2001. The Impact of Science Shops on University Curricula and Research, SCIPAS report nr.6, Science Shop for Biology, Utrecht University, July 2001 (European Commission financed project SCIPAS - HPV1-CT-1999-00001).

Irwin, Alan. 1995. Citizen Science: A Study of People, Expertise, and Sustainable Development, Routledge.

Jorgensen, Michael Soogaard. 2001. "An Introduction to the Concept of Science Shop and to the Science Shop at The Technical University of Denmark", handout material to the conference: Living Knowledge.

Loka Institute. 1998. Community-based Research in United States, Loka Institute.

Mulder, Henk, Thomas Auf der Heyde, Ronen Goffer, Carmen Teodosiu. 2001. Success and Failure in Starting Science Shops, SCIPAS report nr.2, Science Shop for Biology, Utrecht University, July 2001 (European Commission financed project SCIPAS - HPV1-CT-1999-00001).

政策科学研究所．2000．「資料編・訪米調査報告」，『科学技術と社会・国民の相互作用に関する調査研究』(平成10年度科学技術振興調整費調査研究報告書)，財団法人政策科学研究所，145-198頁．

高木仁三郎．1999．『市民科学者として生きる』，岩波書店

Last updated: Feburary 20, 2002.

学生	自分の学術知識を実際の生活状況に適用できる。学術的能力とともに重要なスキルを身につけ、自信と自尊心を得られる。地域コミュニティでの実践的行動を通じて、生涯にわたる学習のための個人的なスキルや戦略を開発できる。新しい職業の機会や選択肢を創出できる。自分の教育歴のなかで重要な要素となる経験ができる。大学外の人々との協同作業は、自分の研究に新しく興味深い視野をつけ加える。
教員研究者	サイエンスショップを通じて社会のニーズが研究課題に定式化・翻訳されることによって、科学者に新しい課題をもたらすことができる。大学の教育カリキュラムや研究プログラムで、新しい社会的問題を学際的に取り上げることを通じて、研究者が社会の変化から学ぶことができる。大学の通常の活動にサイエンスショップの主題を組み込むことによって、サイエンスショップが研究・教育の内容に影響を及ぼすことができる。
大学全体	サイエンスショップと協力することによって大学は、社会と結びつき、研究や教育を社会にとって創造的なものになるよう改善できるメリットを得られる。社会集団のための研究を提供することによって、社会発展に対する責任を果たすことができる。この事業の実際的な重要性は、大学の社会からの評価を高め、新しい研究・教育財源を得る機会を作り出す。