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米国牛のリスク評価

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今朝の産経の記事にあった食品安全委員会プリオン専門調査会の吉川泰弘座長の一問一答インタヴューより。(強調筆者)

BSE 19年度末まで無感染なら30ヵ月以下まで緩和も―食品安全委調査会座長
(前略)
 --審議日数のメドは
 国内措置の見直しの手法に合わせて議論すれば、短期間になるというのは論理的な考えだ。だが、米国牛のデータ不足が難問だ。必要な情報がないときに、議論が行ったり来たり、最悪ではデッドロック(行き詰まり)、あるいは大まかにリスク(危険性)はこの間となる。不明点が多くなると、評価の幅が「無視できる」から「危険」の幅の中で動き、データがしっかりあれば幅は縮小する。
 --幅が出た場合は
 最終的にはリスク管理官庁(農水、厚労省)、さらにもっと高度な政治判断があるのかもしれない。翻って考えれば国際貿易の問題だ。二国間の協定に基づいて政府間同士の了解になる。リスク評価は、白か黒かではなく、確率論的な幅がある答えだ。どのくらい危険なのかという問いかけならば分析は可能だ。科学的にゼロリスクはなく、絶対安全は保証できず、最後は「AからBまで」という一定の幅を持った表現にならざるをえない。「日本と全く同等か否か」「安全か危険か」の諮問では最悪の場合は答えられない。  --米国牛の評価法は  いくつかのシナリオで、最大幅を考えてみる。母集団に対して発生国からどのくらい生体牛を入れたか、肉骨粉を入れたか考えてみれば、米国はオーストラリア、ニュージーランドほど対策に神経質ではなかったが、地理的にも経済圏からもEU(欧州連合)ほどは汚染に巻き込まれていない。食肉処理場の汚染処理レベルがどのくらいであれば、その結果、市場に入ってくる牛肉のリスクがどのくらいの幅に入るかの想定は可能だ。・・・・(産経新聞) - 5月9日4時59分更新

いくつかツッコミ。まずはこれから。

最終的にはリスク管理官庁(農水、厚労省)、さらにもっと高度な政治判断があるのかもしれない。翻って考えれば国際貿易の問題だ。二国間の協定に基づいて政府間同士の了解になる。・・・科学的にゼロリスクはなく、絶対安全は保証できず、最後は「AからBまで」という一定の幅を持った表現にならざるをえない。

最終的な決定をするのはリスク管理官庁を含めた政策決定者側であり、そこでは科学的判断に加えて社会的・経済的要素も考慮するということも、リスク評価の結果に幅があるということも、当たり前の話だが、問題は、食品安全委員会として果たすべき責任は、果たして幅のあるリスク評価結果を出すことだけなのか、ということだな。そもそも、この「幅」にはリスク評価の不確実性が含まれているわけだが、それをリスク管理機関サイドが無視しないように注意を促さなければならない。「消費者保護」の原則を重視すれば、安全よりに考えて、リスクの上限値を重視しなくてはならないだろう。そうしたリスク評価結果の「解釈」に関するメッセージも、リスク評価者サイドの仕事なんじゃないだろうか。

ちなみに、一般に政策決定では、不確実性は頻繁に無視されるものである。かつてイギリスでBSEが発生したとき、英国政府は、専門家委員会の「BSEが人に感染するという科学的証拠は今のところない」という留保つきの表現を、論理的に飛躍させて「BSEは人には感染しない」という確定文に変えて発表した。一般に科学者から政策決定者へ、さらにマスメディアや一般市民へと向かう伝言ゲームの流れの中で科学的主張は、当初つけられていた不確実性に関する「留保」や「条件」などが省略され、あたかも確立された真理であるかのように流通していく。科学的主張のいわば「製造者責任」として、こういう単純化に科学者は気をつけないといけないだろう。座長の発言は、責任はすべて管理サイドに預けて、そろそろケツまくりたいというふうに読めなくもない。

また管理サイドでも、貿易問題など政治的・経済的要素を加味して判断するにしても、その考慮が果たして日本国民にとってどれだけ利益があることなのかも冷静に判断して欲しいものだ。政治経済的要素を考慮して、リスクの上限値よりも低い値をリスク管理の基準に選ぶ場合に、それを正当化するのに十分な正統性が、その政治経済的要素にあるのかどうか。米国政府の輸入再開のプレッシャーは、所詮は畜産地域を票田とし全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)から政治献金を受けている議員たちの圧力でしかない。日米の貿易関係は巨大であり、2004年度の貿易総額(輸出入合計)は1840億ドルで、牛肉貿易は17億ドル(禁輸前)、全体の0.9%でしかない。牛肉議員たちはうるさいだろうが、それが日米関係を決定的に悪くすることなどありえるのだろうか?(まぁ、そういう冷静な観点から話が進まず、政治的な力関係で決まっちゃうのが貿易問題だともいえるが。)

そして何より健康問題として考えた場合、このままズルズルいくと、あっという間に「30ヶ月齢まで解禁」となり、精肉だけでなく、消費者側では選択できない牛肉エキス製品や生牛などもガンガン入ってくる。そして感染因子が牛から人へと移った後は、献血や手術器具汚染などを通じて人から人への感染因子の拡大も考えられる(まぁ、このリスクは、渡米してアメ牛食べて帰ってくる人からの分のリスクを有意に増やさない、というあたりが妥当な保護水準だろうけど)。食品安全委員会のリスク評価には、そこまでは含まれないだろうし、そもそも数値化も難しい。リスク管理サイドで「考慮」するしかないわけだが、果たしてその気はあるのだろうか?

もうひとつ。

米国はオーストラリア、ニュージーランドほど対策に神経質ではなかったが、地理的にも経済圏からもEU(欧州連合)ほどは汚染に巻き込まれていない。

米国には、英国型とは異なる米国オリジナルバージョンのBSEもあるんじゃないかという話もあるが、考慮しなくていいのだろうか?また「EUほどは汚染に巻き込まれていない」というが、たとえばそれがBSE最盛期のイギリスの水準のことを意味しているとすれば、「EUほどじゃない」というのはあんまり意味のあることとは思えない。欧州安全機関による米国の地理的BSEリスク評価の結果も、食品安全委員会はどう扱うのか、まだまだ疑問と不安がいっぱいである。

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コメント(2)

ひらかわさん、こんにちは。

先日、夫と「BSE問題」で言い争ってしまいました。(まったくこんなことが夫婦喧嘩の原因になるなんて)
夫は「専門家がこれ以上無理と言った時点で、結論を出して、食べたいやつに食べさせればいい。問題が起きても(BSE発生しても)たぶんアメリカは責任をとることもないだろうし、個人の自己責任にしたがるさ」と投げやり。
むちゃくちゃな意見でしたが、お互い一致した点はひとつ。「情報開示は正しく、ありのまますべてを。そうした条件ははずせない。」その上で、食べたい奴は食べればいいと。

ひらかわさんがご指摘の通り、感染症は個人の問題に終わらず、広く社会全体に及ぼす危険を抱えているので、どうしても自己責任論は受けつけられないのですが、少なくともいまのアメリカは情報開示という点で、不信がぬぐえませんね。
アメリカ国内に患者が大発生でもしなければ、国としての姿勢を変えないかもしれませんね

nanayaさん、こんにちは。だいぶお返事が遅くなり、失礼しました。

アメリカの情報開示、ほんとに疑いがぬぐえないですね。今月号の『論座』に掲載されている神保哲生さんの「ちょっと待った!米国産牛肉の輸入再開」にも書かれてますが、農務省の高官ポストのうち、ムーア首席補佐官ほ筆頭に、次官、副次官、次官補クラスに8人も食肉業界の出身者がいるようなところですから。「業界と癒着した役人」どころか「業界出身者」が重要ポストを占めているわけです。(ブッシュ第一次政権のときもそうでした。)信じろ、っていうほうが無理です。

それとは別に、あちこちで指摘されてるように、情報開示にはやはり限界がありますよね。エキスなど加工品に使われてたらわからないし、精肉だって不正表示されたら、素人の消費者には区別できませんし。「安い」ってことで学校の給食にでも使われたら選べませんしね。(PTAががんばって、給食業者に使わせないというのも考えられますが。)

さらに輸血によるリスクなんて考えると、もう、情報開示と消費者の選択、なんて次元を完全に超えて、公衆衛生の問題になってしまいますし。

それでも、この国の政府のヘタレ度合いを考えると、なんだかんだいっても輸入再開しちゃうんだろうなと思うと、暗澹としてきます。

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このブログ記事について

このページは、hirakawaが2005年5月 9日 07:18に書いたブログ記事です。

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