«  まるで苦行のような応援・... | トップ | 記事一覧 | 京女生御用達のバス  »

アンチ・リアリティ―無邪気で無神経な核実験博物館

| コメント(4) | トラックバック(4)

昨日のニュース23で、アメリカ・ラスベガスに最近できた「核実験博物館(Atomic Testing Museum)」を紹介していた。博物館の職員(?)の人や、見物客のあまりの「無邪気さ」に、たまらなく腹が立った。イラクやその他の国で、アメリカの戦争によってどれだけ多くの子どもが死のうとも、「戦争に犠牲はつきものよ」とあっけらかんと言い、その一方で「妊娠中絶反対!」「いのちを守れ」と黄色い声をあげるトンチンカンな基督教原理主義者(ファンディ)たちと同じタイプの無神経さ、無感覚さ。なんだか、その姿は、腹立たしさを通り越して、哀れですらあった。今のアメリカと世界との間にはとんでもなく大きく虚しい「距離」があるみたいだ。戦争ボケした人たちの感覚はどうにもわからない。

博物館には、核実験の映像を見せ、爆発の瞬間に風が噴き出し、椅子が揺れる施設もあるのだが、なんとその名前は、こともあろうに「爆心地劇場(Ground Zero Theater)」だそうだ。いや、ほんとワロタよ、湿度0%の乾いた笑いで。その影を壁に焼きつけたまま人間を蒸発させてしまうような熱線もなければ、その後一生、人によっては子孫まで苦しめる放射能もない。ケロイドもないし、川に浮かぶ何百、何千もの赤黒い死体もない。たった一瞬の爆発で炭になった死体がゴロゴロしているわけでもない。そんなところが爆心地?言葉の意味、知らないんじゃないのか?おそらく10代後半と思われる女の子は、「すごくカッコよかった!まるで爆発の現場にいるみたい」」なんていってる。(インタヴュアーは日本人だと思うが、きっとこの子は、昔自分の国が、今目の前で話している相手の国に原爆を2発落とし、それぞれ10万人規模の人間を一瞬で殺したことなんて知らないんだろうな。知ってて、あの態度だとしたら。。。終わってるな。ちなみにこの劇場、エンターテイメントという面だけから見ても、かなりショボイかんじ。日本のどこかの田舎の恥ずかしい税金無駄遣い施設と同じくらいショボイ。)

要するにそれは、リアリティのかけらもないどころか、リアリティを抹消するアンチ・リアリティ。

お土産コーナーには、キノコ雲の絵をあしらったマグカップや、日本に投下した原爆のミニチュア・アクセサリーもあるんだとか。はぁ。。

昔、The Day Afterという核戦争を描いた映画があったが、あれもショボかったな。アメリカ映画のくせに、キノコ雲とか、ガソリンスタンドが爆発したときのよりチャちいし。映画は、核攻撃下のとある家族のサバイバル&ヒューマンドラマ(家族皆で力を合わせて頑張るのよ、ってやつ)を描いてるんだが、その中で小学生くらいの女の子が「ママぁ、髪の毛が抜けちゃうのぉ~」と母親に泣きついたかどうかしたシーンがあったが、正直、失笑してしまった。だって、途中、ケロイドで皮膚が崩れ落ちた怪我人も炭化した死体も、壁に焼きついた人影も何も出てこないなかで、髪の毛抜ける程度の放射線障害で、「放射能の恐ろしさ」を表現しようだなんて、はっきり言ってクズ演出の極みだ。家族の顔も黒く汚れてたりするが、煙突掃除の後と何も変わらない程度のもの。まぁ、感想を要約すれば、一言、「ナメてんのか、ボケェ~」だ。

ちなみにラスベガスのあるネバダ州は、米ソ冷戦時代は核実験のメッカ。今は包括的核実験禁止条約 CTBTで禁止されている大気圏中・地上の核実験をガンガンやっていたところで、当然、近隣に住むアメリカ市民や、実験に立ち会った米軍兵士らの被爆者は数多い。そのあたりのことも含めて、以下のHotwiredの記事が博物館を紹介している。尊厳を踏みにじられている被爆者は、アメリカにもいるわけだ。

2発の原爆によって太平洋戦争の終結は早まったのかもしれないし、冷戦時代も核抑止力は働いていたかもしれないが、だからといって、それが、奇しくも抑止戦略のコードネーム"MAD"(相互確証破壊: Mutually Assured Destruction)が表すように、狂気の沙汰であるという認識はやはり失うべきではないだろう。核兵器の爆発をチンケなエンターテイメントにしてしまう輩には、望めそうもないことなのかもしれないが。

こちらもどうぞ: 核兵器も娯楽にしてしまうの?nanayaのひとりごと

トラックバック(4)

トラックバックURL: http://hideyukihirakawa.com/mt/mt-tb.cgi/291

 平川さんのブログ(3月30日)で、そのような博物館の存在を初めて知りました。 [http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~hirakawa/diary/:title] >>  今のアメリカと世界との間にはとんでもなく大きく虚しい「距離」があるみたいだ。戦争ボケした人たちの感覚はど、... 続きを読む

 今年で被爆・戦後60年。原爆症の認定を求めた被爆者の集団訴訟の関連や改憲の動き 続きを読む

【一部、感情的でブラックな表現をしていますが、予めご了承下さい…】 今回 “広島” について書きますが、 今旬な 「9月11日」 のホリエモンとかが絡んでくる話題のほうではなく、 「8月6日」 のほうについてです。 ---- 今日、某チャンネルで広島の原爆... 続きを読む

これは記憶が鮮明なうちに書いておこう。 放射能(放射線)に対する意識の違いに驚いた。 ホテルにチェックインしてすぐ、閉館に間に合うように Atom... 続きを読む

コメント(4)

平川さん、こんにちは。はじめてコメント書き込ませていただきます。

核実験博物館なるものが存在することを、初めて知りました。番組は視ていないのですが、ちょっと驚きました・・・。一般の国民をリアリティから遠ざけるための仕掛けとして、博物館が機能しているんですね。

eireneさん、こんにちは
コメントを頂いたのに、お返事がすっかり遅くなり、失礼いたしました。

私も番組を見たときは唖然としました。スミソニアンだけでも噴飯モノなのに。。

核の恐怖をもって核廃絶を訴えるロジックがあれば、それをもって抑止や支配の力にしようとするものもいる。アメリカというのは、911よりずっと前から恐怖支配の国なんだなぁと思ってしまいました。

はじめまして。ニュース映像そのものはみていません。このブログ記事で、リアルに知ることができました。ありがとうございます。
トラックバックさせていただきました。不適切でしたら削除してください。

tamyさん、はじめして。コメント&トラバありがとうございます。

tamyさんの記事にリンクされていた毎日新聞の「核兵器保有:米国民3人に2人がNO!米世論調査」http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050401k0000m030034000c.htmlというのが、やや救いですね。核テロがあるかもしれないという危機感が、核の恐さに対する想像力をリアルなものにしてるのかもしれません。国家間の核戦争の可能性に対してであれば、昔ながらに「もっと核軍備して抑止しよう」というエスカレーションの論理に行ってたのかもしれませんが、対テロリストでは抑止論は意味ないですしね。

コメントする


画像の中に見える文字を入力してください。

2017年3月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Access

Archive

Creative Commons License
このブログはクリエイティブ・コモンズでライセンスされています。
Powered by Movable Type 4.22-ja
OpenID対応しています OpenIDについて

出版情報

 

 

Twitter

About this blog

▼当blogは大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)の平川秀幸の個人用blogです。▼トラックバック&コメントwelcomeです。ただし、記事にあまり関係がないもの、商品広告・宣伝のためのものなどは、当方の判断により削除させていただきますので、ご了解ください。

このブログ記事について

このページは、hirakawaが2005年3月30日 23:50に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「まるで苦行のような応援・・・サッカー日本代表辛勝」です。

次のブログ記事は「京女生御用達のバス」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。