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BSE対策についてのねじれたマスコミ報道―日経社説

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只今、台風接近中。そろそろ帰らねばと思っているところで、日経のサイトを見てたら、BSE対策について論じている社説を発見。

社説2 首尾一貫しないBSE対策(10/20)
 政治家の横やりで揺らいでばかりいるBSE(牛海綿状脳症)対策に、国民が信頼を寄せるだろうか。しかも対策に矛盾があるのでは、消費者を戸惑わすだけではないか。政府が新たに打ち出したBSE対策は、政治的な圧力を受けて一貫性を欠き、こんな疑問を抱かせるものになっている。(以下略)

この社説、国のルールでは検査基準を20ヶ月齢としつつも、各自治体による全頭検査継続に国が3年間全額補助するという「二重基準」問題について、それが畜産業界の意向を受けた自民党政治家による圧力の結果だとし、「科学的根拠より政治的圧力が優先され続けるようでは、BSE対策がいつまでたっても正常化せず、食品安全への理解が進まない」と結んでいる。この主張自体、疑問に思うところがあるんだが、とりあえず突っ込まないでおこう。それよりも、もっと根本的な欠陥――二重基準よりもっと重大な「政治決着」の問題には一切触れていないという欠陥――がこの社説にはあるからだ。他にもいくつか事実誤認があるので、まずはそれから。

一つめは、すごくシンプルな事実誤認。社説の最後のパラグラフ冒頭の一文。

全頭検査は国内でBSEが発生した際に混乱収拾のため政治的に導入された。

確かに全頭検査は、当初予定されていた30ヶ月以上のみを検査対象とすると、店頭に検査済みのと無検査のが並ぶことになり、消費者が混乱してしまうという懸念から、当時の武部農水大臣ら農水族のイニシアティヴで導入したという側面があるのは事実だ。しかし、それと同時に、当時は月齢確認の仕組みが未整備で、月齢で検査基準を定めることができなかったという科学的な事情もあったのである。まぁ、これはあまり罪深くない事実誤認ではあろう。

もう少し重大な事実誤認は、次のパラグラフの最後のセンテンスの太字の部分だ。(強調筆者)。

全頭検査の緩和が米国産牛肉の輸入再開に備えるだけなら、実質的にBSE検査で二重基準を認めたことにもなる。牛肉の輸入再開をめぐる米国との協議では、輸入牛にも国内と同一基準を主張してきたはずだ。それを自ら崩すようでは、主張は首尾一貫せず、説得力がなくなる。しかも消費者の混乱も招く。20カ月以下は検査しなくても安全と言いながら、検査継続を認めれば、安全対策への疑義が生じかねない。

これは明らかに事実に反した主張だ。「20カ月以下は検査しなくても安全」なんてことは、食品安全委員会も農水・厚労省も一言も言っていない。実は、この社説の前半には「BSE対策では月齢20カ月以下の牛を検査から外しても安全面でリスク増に直結するわけではないとされ」と書いてあるのだが、こちらこそが委員会と両省の主張である。にもかかわらず、同じ社説の中で、「リスク増に直結しない」――いいかえると20ヶ月以下でもリスクはあるし、だからこそ飼料規制や危険部位除去を徹底・強化するのである――を「安全である」と言い換えているのは、明らかに矛盾している。もしかしたらこの筆者は、リスク増に直結しないことを「安全」ということの定義にしているのかもしれない。しかし、「安全」という言葉が、一般には「リスクはない」という意味で解釈されやすいことを考えれば、読者を誤解させるミスリーディングな表現だといわざるをえない。

そして最も重大な事実誤認は、上に引用したパラグラフの冒頭にある「全頭検査の緩和が米国産牛肉の輸入再開に備えるだけなら」というくだりである。これは、科学的・法的な原則論から言えば間違った事実認識だ。先月公表された食品安全委員会の『日本における牛海綿状脳症(BSE)対策について-中間とりまとめ-』に基づき、農水省と厚労省が先週15日に同委員会に諮問した見直し案は、あくまで国内対策についてのものだからだ。もちろん、米国牛肉の輸入再開の根本は「日本国内のリスク管理と同レベル」という条件であり、この点で国内対策のあり方は米国牛問題と直結している。また、米国でBSEが見つかる以前から検査基準の見直し(緩和)の動きは始まっていたとしても、発見以降は、基準緩和に向けて外務省や首相官邸からの政治的圧力があったことも事実だろう。しかし科学的な観点から見れば、今の見直し案は、日本国内の牛の感染状況とリスク管理体制、そしてそれらのもとでのリスクレベルについての評価に基づいたものであり、日本とは感染状況も管理体制も異なる――あるいは、現時点では感染状況も管理の実施状況も不明でリスクレベルが不明な――米国牛に対しては、改めて、別のリスク評価が必要なのはいうまでもない。そもそも異常プリオンの蓄積量と月齢の間には直接的な関係はない。異常プリオンの蓄積量と直接関係するのは、牛が汚染された肉骨粉にどれだけ曝されているか、そしてその汚染レベルを定める牛全体の中での感染牛の割合であり、汚染レベルや感染割合によっては、米国牛には日本より厳しい検査基準や、低月齢での危険部位除去を義務付けてもらわなければならない(しかも罰則つきで!)。また、以上の意味で、国内対策と輸入再開は異なる施策であり、食品安全基本法に基づけば、別途、リスク評価や、それに基づく施策案の作成を行い、またそれぞれの段階で意見交換会やパブコメによるリスクコミュニケーションをやらなければならない。しかも、もう一度科学的な観点から言えば、米国の実態は、とくに特定危険部位の除去や飼料規制について不明な部分、疑わしい部分が非常に大きく、たとえ検査基準を緩和し、米国側でも牛の月齢確認がちゃんとできるようになったとしても(これ自体相当に難しいだろうけど)、クリアしなければならない高いハードルがたくさんある。基準緩和は、確かに輸入再開につながる要素の一つだが、しかしそれは、他の要素(ハードル)と比べればほんの一部でしかない。特定危険部位除去や飼料規制の強化という農水・厚労省の新提案の全体を見れば、全体的にはむしろ輸入再開へのハードルは上がるのである。

しかしながら「「全頭検査の緩和が米国産牛肉の輸入再開に備える」という書き方には、このような問題の全体が少しも垣間見られない。まぁ、今回の記事の主旨は二重基準に対する批判であるからしょうがないという見方もできなくもない。しかし、ほとんどあらゆる報道が上記の点をすっ飛ばして、あたかも検査とそれに伴う月齢確認手段の問題だけが輸入再開条件のすべてであり、検査基準緩和イコール輸出再開へ、というような図式を垂れ流している状況で、同じパターンの歪みを上書きするというのはやはり望ましくないだろう。

さらにいえば、「検査基準緩和イコール輸出再開」という図式こそ、科学的・法的な原則と事実――この場合には、アメリカの感染状況、管理体制、リスクレベルには多くの不確実性が存在するという事実――をすっとばした「政治決着」の図式であり、またこの図式にリアリティがあるからこそ、消費者団体なども検査基準緩和に強硬に反対しているという部分が大きい。日経のこの社説では、「政治家の横やりで揺らいでばかりいるBSE(牛海綿状脳症)対策に、国民が信頼を寄せるだろうか」とか「科学的根拠より政治的圧力が優先され続けるようでは、BSE対策がいつまでたっても正常化せず、食品安全への理解が進まない」などともっともらしく書いてあるが、事態が「検査基準緩和イコール輸出再開」という図式どおりに進みそうな政府(とくに外務省と首相官邸)の動きを牽制したり追及・批判せず、それどころかそれが当然の流れであるあるかのような報道を垂れ流し続けることこそ、二重基準以上に、BSE対策やその見直し――小生としては再編成といいたいが――に対する国民の信頼を揺るがしているものなのではないだろうか。確かに二重基準という政治決着やその背後に見え隠れする(一部の)政官業の癒着構造も大きな問題だが、米国からのプレッシャーと日本政府の対米追従外交のもとでの「検査基準緩和イコール輸出再開」のほうがより深刻な政治決着の問題ではないのだろうか?もしも政府が、本当にこの図式どおりに話を進めようとしているのならば、その科学的・法的な不当性を追及するのがマスコミの仕事じゃないのか?それができないマスコミというのは、いったい何なのだろう。(←本当は思いっきり罵倒表現を使いたいところだが、我慢しておこう。)ブッシュやコイズミ、外務省のように輸入再開こそ最優先で、その「大義」の前では、消費者の安全も科学的・法的な正当性も無視してよいとでも考えているのだろうか?

ちなみに、全国紙ではないが、明日、明後日の日米局長級協議に関する北海道新聞の今日の記事も酷い。見出しからして「新基準で合意へ」だ。いったい記者の目はどっちを向いているのだろう?北海道は日本の酪農の中心地でBSEとも関わりが深い土地柄だけに、この地方紙の不見識は罪深いぞ。

米産牛肉輸入再開、新基準で合意へ 日米協議、あすから東京で  2004/10/20 07:32
 政府は十九日、牛海綿状脳症(BSE)発生で停止している米国産牛肉の輸入再開問題を話し合う日米高級事務レベル会合を、二十一、二十二の両日に東京で開くと発表した。米側は農務省のペン次官ら、日本側は外務省、厚生労働省、農水省の局長級が出席する。局長級会合の開催は今年四月以来。
 日本側はこの協議で、生後二十カ月以下の牛を検査対象から除外する新対策を、内閣府の食品安全委員会に諮問したことなどを説明。米側もこれを評価し、月齢二十カ月以下を検査無しで輸入できるようにする新基準に関しては、大枠で合意する見通しだ。 ・・・
(強調筆者)

なおこの記事の最後には、米国が、「二十カ月以下の輸入再開を『暫定的な措置』と位置付け、線引きの月齢を二十四、三十カ月と段階的に引き上げるよう要求することも予想される」なんてことが書いてある。「つけあがるんじゃねーぞ、ゴルァ~!」(←ここんとこ、自分の将来に関わることでイライラさせられることがあって、怒りっぽくなってます。。)

それにしても、明日からの局長級協議、日本政府はどういうポジションを取るのだろう?農水・厚労省の訴えを振り切って外務省――米国通商代表部日本出張所――が暴走するのか、はたまた「農水・厚労省、おもまえらもか」となるのか?


(閑話休題1)
2ちゃんねるのニュース議論その他の板にあるBSE関連のスレッドでは、検査よりもずっと重要な米国の飼料規制(具体的には肉骨粉の規制)の問題について、マスコミがほとんど報道しないことが話題になっている。「政府による報道管制か?」なんていう陰謀論めいた話が主軸なのだけど、そのなかで面白いのは、輸入再開派と思われる書き込みに対し、他のスレ住人たちが「で、米国の肉骨粉の問題はどうよ?」と再三尋ねても、必ずスルーしてしまうこと。別の話題に話をそらそうとしたり、ときにはしばらく沈黙しちゃうこともあったりして、わざとやってるのか、真性なのか分からないが、反応が面白い。(例:http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1097745956/の72番以降。)

ところで、アメリカの実態を省みることなく輸入再開を支持する連中(吉牛ファンとか)って、なんだかブッシュ支持のアメリカ人と共通するものを感じるのは気のせいだろうか?

(閑話休題2)
先週末、コメンテータとして参加した科学技術社会論研究会のワークショップ「リスク行政の現状と課題:国際的動向と日本の課題」で、報告者の一人だった京大農学部の新山陽子さんが、米国のリスク管理の実態はかなり怪しく信頼できないということを述べた上で、マスコミが国内対策としての基準緩和を輸入問題に直結させることについて、こんなことをおっしゃていた。

今日は報道関係の方も何名か参加されているようですから申し上げます。確かに、政府を批判することはマスコミの重要な仕事でしょうが、時には、政府の言っていることを正確に聞いてください。

前にも書いたことがあるが、食品安全委員会や農水・厚労省は、国内対策の見直しと輸入問題は別問題であり、輸入再開に向けては別途、リスク評価の手続きが必要であることを繰り返し主張している。新山さんが「ちゃんと聞いて」といってるのはそのことである。小生も質疑応答の際のコメントで、ここに書いたようなことを強調した。ちなみに参加していた報道関係者には、日経新聞科学技術部編集委員の中村雅美さんもいらっしゃったが、彼をはじめとして皆、科学部の人たちだったようだ。他方、現在新聞各紙でBSEの記事を書いているのは社会部や政治部の記者だろう。一般に科学部と社会部・政治部の関係は希薄だと聞いているが、そういうことも、BSE報道のゆがみやねじれと関係しているのかもしれない。

(閑話休題3)
上で外務省のヘタレ振りをあてこすって書いた「米国通商代表部」のサイトには、日本政府の対米外交のヘタレ振りをまざまざと教えてくれる「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」(規制改革要望書)という大変興味深い文書が公開されている(昨年度までの要望書や関連文書)。

『拒否できない日本』によれば、この要望書は、米国政府による日本への内政干渉の露骨な証拠であり、日本政府の一連の「改革」の基本はすべてこの文書に書いてあるのだそうだ。(そのうち自分でもちゃんと確かめたい。)


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コメント(2)

全く、その通りでマスコミの理解力・分析力が問われる問題だと思います。

haruさん、こんにちは。
ほんとマスコミにはしっかりして欲しいですよね。

ところでharuさんのHP、BSE関連のリンクが超充実してますね。これから活用させていただきます。

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このページは、hirakawaが2004年10月20日 16:45に書いたブログ記事です。

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