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BSE問題の行方~全頭検査と米牛問題(2)

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「BSE問題の行方~全頭検査と米牛問題(1)」を書いてから一週間も経ってしまった。今日・明日は米コロラドで四回目、約2ヵ月半ぶりの日米専門家・実務者会合が開かれ、またリスク管理機関である農水省・厚労省からは、今週末に「20ヶ月齢以下は検査対象から除外する」ことを含めた新しい国内対策案を決定し、食品安全委員会に諮問する予定であるという(関連記事)。事態はどんどん動いている。今日は「BSE問題の行方~全頭検査と米牛問題(2)」ということで、国内対策の見直しのポイントと、改めて日米問題と、リスクコミュニケーションの問題について考えてみたい。

ちなみに、前回と同様、以下の議論の目的は、「政府はこうするだろう」、「これが政府の考えだ」というような実際の政策の中身について予測したり分析することよりはむしろ、その政策の是非を考えるための基準、評価軸をはっきりさせることにある。

はじめに国内対策だが、いうまでもなく最大のイシューは「20ヶ月齢以下の牛を検査対象外とする」という検査基準緩和の問題だ。小生としては、いくつか「条件」をつけるならば、この措置は科学的には合理的で受け入れ可能なものだと考えるが、その条件を外せば、逆に不合理なものになってしまうとも考えている。それはいったいどういうことか?まずは、基準緩和案が合理的であると考えられる理由を、食品安全委員会が先月まとめた『日本における牛海綿状脳症(BSE)対策について-中間とりまとめ』に依拠しながら論じてみたいと思う。

そこで第一に押さえておかないといけないのは、現在実施されている全頭検査のもとでも、異常プリオンの蓄積が検査の「検出限界」より少ない感染牛は当然ながら発見されず、事実上、検査対象外状態だということだ。『中間とりまとめ』の結論には次のような文言があるが、これはトートロジーにすぎない。

検出限界以下の牛を検査対象から除外するとしても、現在の全月齢の牛を対象としたSRM除去措置を変更しなければ、それによりvCJD のリスクが増加することはないと考えられる。

したがって、検出限界以下の牛を検査対象から除外すること自体には、何の問題もない。問題なのは、その「検出限界」というのが、いったい何ヶ月齢にあたるのか、具体的には「20ヶ月齢」でいいのかということだ。さらにいえば、そもそも検出に引っかかるかどうかは、第一に、異常プリオンがどれだけ蓄積されているかに依るものなのだから、たとえ若い牛でも検出限界以上に異常プリオンがたまっていれば検査に引っかかる。原理的には検出限界と月齢はそれほど関係ない。

また、『中間とりまとめ』では、どれだけの異常プリオンを人が摂取すればvCJDを発症するかという「発症最少量」や、少量ずつでも繰り返し摂取した場合の「蓄積効果」についても、現在の知見では不明だとされている(p.8, p11)。検出限界以下のごく微量だとしても、食べつづければ発症するリスクは否定できないのである。

では、このような検出限界と月齢とのあいまいな関係について、『中間とりまとめ』ではどのように考えているのか。該当箇所である「3-3-2-2 BSE 検査によるリスク低減と検査の限界・検査の意義」の「迅速検査により検出可能な月齢」(p.17-18)では、まず、両者の関係を求めるための「実験は行われておらず、以下の断片的事実のみが知られている」と但書きをしたうえで、次の事実を挙げている。

  • 前述の英国における感染試験で、4ヶ月齢の牛に経口投与後32ヵ月経過してはじめて脳に感染性(≦103.2~105.6C.i.c.ID50/g)が認められており、投与後22~26 ヶ月の実験感染牛では感染性が認められなかった。この結果からは、投与後32 ヶ月頃にならないと延髄閂部には異常プリオンたん白質が検出限界以上に蓄積しないと解釈できる。
  • 一方、我が国では、と畜場においてこれまでに約350万頭の牛を検査した結果確認された9 頭のBSE 感染牛のうち、21, 23 ヵ月齢の若齢のBSE 感染牛が確認された。ただし、WB 法で調べた結果では、これらの例の延髄閂部に含まれる異常プリオンたん白質の量は、我が国で確認されたその他のBSE 感染例に比べ少なく、500 分の1 から1,000 分の1 と推定されている。

そして、これらの事実からの結論として、こう述べている。

このことから、20ヶ月齢以下の感染牛を現在の検出感度の検査法によって発見することは困難であると考えられる。

ここで注意しなくてはならないのは、文末が「発見することは不可能である」ではなく「困難である」となっていること、つまり、20ヶ月齢以下で見つかる可能性を認めていることだ。問題は、この可能性がどれくらいあるかであり、十分大きければ20ヶ月で検査対象の線を引くことは意味を失う。もしも20ヶ月で線を引くとすれば、この可能性が十分小さいことを正当化できなければならないわけだが、果たして『中間とりまとめ』は、次のような具合に、確かに英国では1例、20ヶ月での発症例があり、17ヶ月でも感染が発見できただろうが、それは発見されただけでも18万頭、実際には100万頭近い感染牛がいて、日本とは比較にならないくらい異常プリオンによる汚染がひどい状況下でのことだということから、日本で20ヶ月齢以下で見つかる可能性はほとんどないという見方を正当化――というほど強いものではないが――するかたちになっている。

なお、これまでに知られている最も若い牛での発症例は英国で1992年に見いだされた20 ヶ月齢の牛である。欧州委員会のTSE/BSE特別委員会報告31)は、英国での感染実験で接種32ヶ月後に感染性が見いたされ、発症はその3ヶ月後であったとの結果から、20ヶ月齢の発症牛の場合、17ヶ月齢で感染性が検出され得る等の推定を述べている。ただし、英国の症例については、BSE汚染状況、BSEプリオンの牛への暴露量の状況が我が国と比べ大きく異なっており、直ちに我が国のBSE対策に当てはまるものではないことに留意すべきである。

実際、最初の感染牛と死亡感染牛それぞれ1頭を除いた全頭検査による感染牛発見数は9月25日現在で11例、それに対する検査頭数は3,635,877頭(厚労省「牛海綿状脳症(BSE)のスクリーニング検査結果について(週報)」より)なので、統計学的には、その頭数の中にいたと推定される感染牛は最大でも19.7頭(95%信頼区間上限値)である。農場での死亡牛のなかの感染牛を含めれば、実際にはこれより多くなるだろうが、それでもイギリスと比べれば文字通り桁違いに少ないことには変わりはないだろう。20ヶ月齢以下の若い牛で検出限界以上に異常プリオンが溜まる確率はきわめて小さいと考えていいだろう。(ちなみに英国で感染が見つかった約18万頭のうち30ヶ月齢以下だったのは0.05%。)また、『中間とりまとめ』では日本でのvCJD発症リスクを今後、最大0.9人と見積もっているが、これに対するBSE感染牛の数は35頭で、しかもそれは2001年に政府が現在の対策を取る以前に危険部位を除去されないままフードチェーンに入った牛である。対策が取られている現在のリスクはもっと低い。対策以前に感染した牛も、すでに36ヶ月を過ぎているから、検査基準を20ヶ月齢で線引きしても、検査の対象となり、発見・排除されることになる。20ヶ月齢で線引きしても、リスクはほとんど増えないと考えていいのではないだろうか。

ちなみに『中間とりまとめ』の書きっぷりは、引用文からもわかるように、全般的にかなり控えめというか、断言をしないよう慎重に書かれていることには留意しておきたい。(科学的により正確に表現しようとそうなるのだ。)実際、プリオン専門調査会の議事録からは、「20ヶ月」という数字が一人歩きしないように、文言を慎重に選んでいることが伺える。その結果、「20ヶ月齢以下の感染牛を現在の検出感度の検査法によって発見することは困難」という記述も、同調査会で9月6日に『中間とりまとめ』が最終決定された際の「案」の段階では結論(3)に入っていたものが、審議の結果、削除されている。また『中間とりまとめ』を食品安全委員会の結論として最終的に承認した9月9日の本体委員会でも、事務局からの説明で

「結論」のところにこのように書き込むことは、検出感度というものと月齢というものが、前提条件なしにリンクすると受け取られかねないので、ここは事実のみを記述するようにすべきであるという御指摘がございまして、現在のとおりになったものでございます。(議事録p.11)

と説明されている。ただ、「20ヶ月齢以下は困難」という記述を結論から外すなら、上で引用した本文での記述(p.17)も外せばいいのではないかと思われるわけだが、これについては次のように説明されているだけである。

その後の最終的な取りまとめの御相談の中で、結論をそのように変更するのであれば、17ページの「迅速検査により検出可能な月齢」の第2段落のところも全く同文で書くべきではないかという御意見がございました。一方で、前提条件なしで月齢と検査感度を比較することは問題であるということではあるものの、17ページの本文中では、我が国おける実態を述べているので、「発見することは困難である」を本文中には残してもよいのではないかという御意見もございました。結果といたしまして、現在お示しいただいているような案文となっているものでございます。

なぜ本文での記述も削らなかったのかは、この説明と議事録を見ただけでは今ひとつしっくり来ない――このあたりは9月6日から9日までの間のとりまとめ最終稿の作成において、委員と事務局の間でどういうやりとりがあったか、何か政治的な「配慮」があったかどうかが分からないといけない――のだけれど、とりあえず食品安全委員会としては、検出限界イコール20ヶ月という断定はもちろん、公表後、マスコミなどによってそういう短絡的な解釈がされるのを避けようとしているのはわかる。

とはいえ、結局はこのような『中間とりまとめ』の判断は、「20ヶ月で線引き」というのを後押しするか、少なくとも示唆するものになっているのは確かだ。実際にそこで線を引くかどうかは、手続き上は、改めて農水省・厚労省から「20ヶ月で線引きしてもいいですか~?」と食品安全委員会に諮問し、委員会が「20ヶ月で線引き」案の科学的正当性を評価してからのことになるが、その案がそのまま通る可能性は高い。

そしてその際にポイントとなるのは、検査を緩和することで見逃されることになる、20ヶ月齢以下ながらも検出限界以上に異常プリオンが蓄積した感染牛の存在によって、わずかながら増える人への感染リスクをどう考えるかだろう。一つには、そのようなリスク=確率はきわめて小さいとして無視するということが考えられる。もう一つは、BSE対策のもう一つの柱である特定危険部位の除去や飼料規制の効果をより高めることで、このリスクの増分を相殺し、できればさらに、20ヶ月以上のも含めた全体的なリスクを減らすという方向がある。(減らすことができなければ、線引きの月齢をもっと下げるか、全頭検査継続ということになる。なお、仮に危険部位除去や飼料規制によって全体のリスクは減ったとしても、20ヶ月以下のもののリスク自体は小さくなってもゼロにはならないので、やはり、最後は「それは無視できるほど小さいとして切り捨ててよいか」を考えるしかなくなる。)

おそらく農水・厚労省は、後者の方向でプランを出してくるだろうし、またそうでなければならないだろう。実際、『中間とりまとめ』でも結論部分では、そう勧告されている。加えて、20ヶ月齢以下の牛の人への感染リスクの定量的評価や、より感度のいい検査法、生体牛のまま検査できる新しい検査法の研究開発や導入についても求められている。その意味で、『中間とりまとめ』の内容は、「検査基準の緩和」という言葉から想起される後ろ向きの「規制緩和路線」ではなく、総合的には安全確保の体制をより強化する方向を打ち出しており、これから提出される農水・厚労省のプランも、これを適切に反映しているかどうか、とくに危険部位除去や飼料規制の強化策の有効性・実行可能性が問われることになる。(参考記事:農業協同組合新聞「BSE報道 「中間報告」の政治的利用は許されない」) 『中間とりまとめ』は、20ヶ月齢以下のリスクの可能性や、現在の危険部位除去の不完全さも認めたものであり、その勧告は、科学的内容としてバランスが取れたものだと考えられる。したがって、これに適うかたちで農水・厚労省のプランが作られるならば、それは、科学的には妥当なもの――検査基準にしても、なお世界で一番厳しいものであるし――だと考えてよいと思う。

それでは、このような新対策案は、検査基準の緩和に反対が多い――毎日新聞の世論調査によれば、65%が検査基準緩和に反対している――消費者や生産者に受け入れられるだろうか?新対策案が食品安全委員会に諮問され、その答申を受けて各省が最終案を決定するまでの間には、再び各地で意見交換会が開かれ、新対策案の科学的裏づけについての説明が繰り返されるだろう。そうした説明を聞いて人々は、新案の合理性を認め、受け入れる気になってくれるだろうか?

この問いに対する小生の答えは、はっきり「NO」である。おそらくかなり多くの人々が反対の態度をとりつづけるだろう。そしてその理由は、一般市民は情緒的・感情的に考えがちで科学的に考えることができないからだというような専門家好みのものではないとも考える。むしろ、日本のBSE対策を取り囲む現在の社会状況を考えに入れれば、極めて合理的な――ただしそれは「科学的合理性」ではなく「社会的合理性」と呼ぶべきものだが――判断と見るべきだとさえ考えている。

そして、この「社会状況」を最も条件付けているのが、米国牛の輸入再開に向けた日米BSE協議の動きである。逆にいえば、もしも昨年末にアメリカでBSE感染牛が見つからず、輸入問題などない状況であったならば、検査基準の緩和を含む新対策案は比較的スムーズに受け入れられただろうと思う。(検査基準緩和を含んだ新対策の必要は、米国BSE問題以前から、国内の専門家や役人から指摘されていた。)しかし米国BSEは見つかってしまった。状況はすべて変わってしまったのである。

この問題は、リスクコミュニケーションの問題として極めて興味深いものでもある。今日はここまでにして、続きは明日にでも書こう。(実は明日、北大で、BSEを含む人獣共通感染症のリスク管理をテーマにした国際シンポジウムがあり、コメンテーターをするので、これからその準備をしなくちゃいけない。明日は、このシンポの内容にも触れつつ書いてみたい。)

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このページは、hirakawaが2004年10月 6日 01:48に書いたブログ記事です。

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