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これはうまいやり方かも―米国牛BSE輸入問題

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昨日の朝日新聞一面トップのニュース。最初に見出しを見たときは「なに日和ってんだよ~」なんて思ったのだけど、よくよく読んでみると、もしかしたらなかなかいい交渉戦術かもしれないという気がしてきた。

米国産牛肉、段階的に輸入再開の方針 最初は若牛の筋肉
米国での牛海綿状脳症(BSE)感染牛の確認により牛肉の輸入を禁止している問題で、政府は、段階的に輸入を再開していく方向で検討を始めた。第1段階は、若い肉牛の筋肉部分に限定される見通し。これまで米国には全頭検査を要望してきたが、原因物質の異常プリオンが蓄積されていないとみられる部位なら、検査がなくても「日本並みの安全性」が守れると判断した。今後、再開の条件を何カ月以下にするか、その月齢をどう証明するのかが焦点になる。28日から米国で開かれる日米専門家・実務担当者協議で、議論される。
(中略)
 厚生労働省などは、日本の肉牛は月齢30カ月前後で食肉処理されるが、米国の大手食肉会社が計画的な生産、出荷で20カ月を下回る月齢で大半を処理している実情に注目。日本のBSE検査では、21カ月の乳牛の感染が確認されたが、それ以下では見つかっていないことも考慮した。
 また、米国では、BSEの感染の恐れが高い高齢牛は、一般的な肉牛とは別の工場で処理されていることから、高リスク牛と低リスク牛を区別できると見ている。
 BSE対策や衛生管理を強化している肉牛専用の食肉処理場に限定し、月齢が証明できれば、限定的な輸入禁止解除は可能だとしている。
 今後は、月齢の証明方法と何カ月以下を対象にするかなどの条件設定が焦点になる。米国産牛肉の輸入再開問題では、4月に日米局長級協議で「夏をめどに合意」を目指すことが確認された。米国はこれまで、月齢が見分けられるのは歯型で30カ月前後しかないと主張しており、それを崩さないか、全面再開などに固執すれば、日本側は「夏の合意」にこだわらないことも視野にいれている。(後略)

この提案のポイントは、第二面の別記事でも改めて指摘されているように、輸入の可否は、実際にアメリカ・サイドで、牛の年齢確認が正確になされていることが十分な信頼性をもって証明できるかにかかっていることにある。実はアメリカの畜産業界は、牛の年齢確認に不可欠な履歴記録が杜撰なのであり、記事にあるように、30ヶ月で歯が生え変わって歯型が変わってからでないと月齢確認ができないのである。異常プリオンを多く含む特定危険部位の除去が30ヶ月以上の牛にしか義務付けられていないのも、要は、30ヶ月で歯型が変わらないと年齢確認できないからだ。あまりに杜撰。

しかも、履歴管理ができてないから、トレーサビリティ(その肉製品がいつどこで生まれ、どこで育ち、どういう流通経路でやってきたかを追跡できること)もないため、たとえ検査で感染が発覚しても、履歴を辿り原因究明・対策をすることもできない。現に昨年末見つかった感染牛と一緒にカナダから輸入された牛81頭のうち、52頭が行方不明のまま調査が打ち切られている。米国農務省(USDA)は、新対策として履歴管理の確立を打ち出してはいるが、そういうのは、ルールを作ったからといってすぐに有効なものになるわけじゃない。たとえば米国では、97年に牛の肉コップンの牛飼料への使用を禁止しているが、滋賀医科大学動物生命科学研究センターの記事「アメリカのBSEについての論説: 牛が農務省を飛び越えた」によれば、

  • 2001年の会計検査院の調査では禁止された肉骨粉を取り扱うアメリカの飼料会社やレンダリング会社の1/5は牛の餌への混入を防止するシステムを持っていなかった。
  • 最大の肉牛生産州のひとつ、コロラド州の飼料製造業者の1/4以上はBSE防止のための肉骨粉禁止の対策を、実施4年後でも知らなかった、
  • 2002年の会計検査院の追跡調査ではFDAの点検成績には大きな欠点があり、肉骨粉禁止令の遵守状況を評価するのに用いるべきではないと述べられている。事実、英国が肉骨粉禁止を発表して14年後でも、FDAは牛のレンダリングと牛の飼料を製造している会社の完全なリストは持っていなかった

そうだ。

そんなわけだから、「年齢確認」という日本政府が課した条件は、アメリカにとってかなり高いハードルである。そういう意味で、今回の日本政府の検討案は、一見アメリカに妥協してるように見えて、実は、全頭検査に加え(または代えて?)、新たに交渉のハードルを具体的に指定するものと見ることもできる。なお、「筋肉」そのものは異常プリオンをほとんど含んでいないため、人への感染リスクは無視できるものである。しかし、アメリカのと畜作業は、これまた結構杜撰らしく、異常プリオンが溜まりやすい脊髄を切り裂く(いわゆる「背割り」)ときに、髄液や神経の破片が筋肉部分に飛び散り、汚染している可能性があるといわれている。(失神させた牛の頭部にワイヤ状の器具を挿入して脳神経組織を破壊し、このため血液中に異常プリオンが広がる危険のある「ピッシング」という方法をとりつづけているところがまだ多いなど、日本のと畜実態も必ずしも芳しくないことは、たとえば食品安全委員会プリオン専門調査会の第10回会合の結果などを見ると分かるのだが。)それでも、異常プリオンの蓄積自体が少ない若い牛――とくに、日本で感染例が見つかっている21ヶ月齢より十分に若い牛――なら、リスクは無視できるだろう。現にアメリカ牛は、異常プリオンの蓄積が少ない20ヶ月以前で食肉に回される。「だから危険部位を取っていなくても検査もしていなくても大丈夫だ」というわけだが、30ヶ月で歯型が変わらなければ年齢確認できないというのであれば、どうやって20ヶ月以前というのを確認できるのだろうか?「20ヶ月未満」とされつつも、実際には20ヶ月以上、30ヶ月未満の牛が、(日本での発見例を考えると)異常プリオンが十分多く蓄積し、感染しているにもかかわらず、検査も危険部位除去もされずに食卓にやってくる可能性が高いのである。とにかく、年齢確認こそが鍵であり、アメリカにとって容易には越え難いハードルなのである。

ついでにいうと、米国政府が「日本の全頭検査は非科学的だ」と批判するのは、若い牛では異常プリオンの蓄積が少なく、全頭検査で使っている検査では検出限界以下であるため、月齢にかかわらずすべて検査する全頭検査は無意味だ、という意味である。

それは確かにそうだが、ここで注意しなければならないのは、日・米の検索目的の違いであり、目的が違えば、何を科学的とし何を非科学的とするかは一意には定まらないということだ。全体の1%程度しか検査しないアメリカの「サンプル検査」が、BSEの感染のまん延状況を把握する「サーヴェイランス」を目的としているのに対し、日本の検査の目的は、感染牛を発見して、フードチェーンから除去し、さらに流通・飼育履歴をさかのぼって原因解明と対策を行うための「スクリーニング」なのである。サーヴェイランスが目的ならば、アメリカのサンプル検査は統計学上十分なのかもしれないが、日本のスクリーニングという目的からすれば、アメリカ方式こそ、全く意味がなく非科学的なのである。日本の全頭検査を非科学的と非難ばかりしている米国政府は、この目的の違いに気づいていないか、意図的に無視して、交渉を押し切ろうとしているのだろう。ベネマンUSDA長官は再三にわたって「科学こそが安全を守る」といって「科学性」を強調しているが、この目的の違いを考慮しないこと自体が非科学的であり、恣意的な政治的発言であることには無頓着である。

もちろん、異常プリオン蓄積量が検出限界以下の若い牛まですべて検査する日本の全頭検査方式が過剰であり、スクリーニングという目的に照らしても非科学的な部分を含んでいるのは本当である。日本で感染例が見つかった21ヶ月よりも十分若い牛ならば、検査対象から外しても科学的には問題ない。おそらく日本政府がアメリカに対して次に切るカードは、それだろう。しかし、その一方で国内の消費者のことを考えると、この措置は反発を食らうかもしれない。確かに日本は履歴管理がずっとしっかりしているから、たとえば15ヶ月で線を引いても、それを実施することは技術的には可能だ。

しかし、たとえば2001年に最初にBSEが発生し、国内産肉の買い上げ制度がもうけられたときには、制度を悪用した偽装が大々的に行われた(その主犯は、永田町内の「後ろ盾」を失ったのか、すでに逮捕されているが)。他にも近年、食品の偽装事件は相次いでいるし、最近では業界は違うが、三菱自動車の問題もある。消費者の企業や行政に対する不信はけっこう根深い。全頭検査というのは、とくに「検出限界以下」の部分に関しては、この根深い行政不信・企業不信に対する対策として、当時の武部農水相が、農水族仲間の反対を押し切って導入したものだといわれているし、現に現在も、そういう役割をあわせもったものとして続けられている。「科学的には大丈夫(=安全)なのだけど、社会的には受け入れられない(=不安)のだよなぁ」というのが、役人たちの悩みどころらしい。しかし、制度・ルールを関係者がちゃんと守るコンプライアンスについて、消費者から信用がえられない限り、この悩みをそう簡単に解消することはできないだろう。対アメリカ問題に加え、消費者からの信頼向上、企業コンプライアンスの確証・監視という難しい問題に取り囲まれた農水省や厚労省、食品安全委員会だが、しっかり舵取りしてがんばって欲しい。

最後にもう一つ。先日農水省が発表した「今後の牛肉需給動向について(平成16年6月18日時点)」の数字がなかなか興味深い。

「II今後の輸入見込み」の表を見ると、アメリカからの輸入を禁止した後でも、毎月の輸入量は前年よりも多いことが分かる。これから見ると、禁輸であおりをくらってるのは、くず肉とかタンとか、特定の部位だけを大量輸入している牛丼業界の一部(=吉○家とか)とタン焼き業界だけで、あとは、味の違いを除けば、輸入量は間に合っているように見える。しかし、他方で「III 今後の国産牛肉の生産見込み」をみると、米牛肉禁輸以降、前年の半分に落ち込んでいる。これはどういうことなんだろう?偶然の一致?それとも、ここでいう「国産牛肉」というのは、いわゆる「国産牛」=「一定期間(輸入されてから3ヵ月間)以上日本国内で飼育された輸入牛」のことで、減った分は、その輸入元がアメリカだったということだろうか?(肉は禁輸だけど生きた牛ならいいということか?)よくわからない。

誰か教えて、エライ人。

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このページは、hirakawaが2004年6月20日 02:18に書いたブログ記事です。

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